2026年2月5日木曜日

【第120話】つぶやき(その1):なぜ七三一部隊に無関心、無知だったのか(26.2.5)。

1、最大の理由は、七三一部隊の人体実験は万死に値するほどの未曾有の残虐な犯罪だが、他方で、私にとってそれは、とりあえず、過去の終わってしまった出来事であり、現在の自分たちとは切り離された、関係がない出来事とばかり思っていた。だから、残虐な過去から目をそむけたる気持ちから、これはそむけてもよいのではないかと思っていた。

しかし、それはとんでもない思いちがい、無知の極みだった。七三一部隊の思想・哲学・方法は現在の日本社会の医療・医学界・製薬業界を支配する水源として脈々と流れている。今日の日本の医療・医学界・製薬業界の理不尽の源泉として七三一部隊の思想・哲学・方法は支配的な力を保持している。

2、第2の理由は、あのような途方もない人体実験をやった七三一部隊はきっとひそかにこっそりやったはずで、それは少人数の極秘部隊、数で言えば数十人、多くて数百人位じゃないか。だったら、そんな少人数のメンバーが戦後の医療・医学界で大きな影響力を及ぼしようもないんじゃないかと勝手に思い込んでいた。

しかし、数十、数百人なんていうのはとんでもない思いちがい。実際には七三一部隊を本部とする旧日本陸軍の細菌戦部隊の総勢は1万444名という途方もない数だった(2025年8月13日付北海道新聞「旧日本軍731部隊の関連名簿分析 総員1万444人、北海道関係者は154人」)。それゆえ、この大所帯は戦後日本の医療・医学界に圧倒的な影響を及ぼし得るだけの大集団だった。

3、第3の理由は、あのような人体実験を思いつくというのは狂気の沙汰で、七三一部隊というのは頭がおかしくなった連中だとばかり思っていた。

しかし、狂気だとしても彼らの狂気は本気だった。それはリーダーの石井四郎がそうだった。彼は、経済力で圧倒的に劣勢の日本がアメリカと戦うためには秘策が不可欠であり、その決め手が細菌戦だと大真面目に考え、心中深く確信していた。彼にとって細菌戦はもうひとつのゲリラ戦だった。 

4、第4の理由は、あのような人体実験にまともな科学者、医学者、いやんやいわゆる優秀な科学者、医学者が従事するはずがない、だから研究者不足が必至だとばかり思い込んでいた。

しかし、意外にも数多くの科学者、医学者が、長崎大学長になった福見秀雄をはじめとして戦後の医療・医学界でリーダー格となるような人材が七三一部隊に集まった。彼らは決して強制連行されたわけではなく、リクルートされたとしても自分の意思で参加した。なぜそんなことが起きたのか。それには次のような強力な理由があった(京大の先輩に誘われて七三一部隊に行ったA先生の体験談)。
「内地の医学部では戦時体制のために予算や人員が極度に不足し、満足な研究を遂行するのは難しい状況だった。しかし、満州の研究所(注:七三一部隊)に行けばふんだんに予算があり、プロジェクトに対し十分な資材も提供される。そのうえ、本人の地位に応じて陸軍技師となれば兵隊に就かなくてもよい‥‥これだけの条件を示されれば、多くの研究者が食指を動かしたのも無理なからぬことだった」(土山秀夫元長崎大学長「731部隊が医学に問いかけるもの」『メディカル朝日』1995年8月号)

0 件のコメント:

コメントを投稿

【第126話】忘れ得ぬ人々:T君、シンドラー、オダネル(26.2.28)

以下の3人は私にとって忘れ得ぬ人たち。 ひとりは、息子の同級生で、1995年、秋田から埼玉県飯能の自由の森学園に入学したT君。マウンテン・バイクが大好きで、夢中になって青春を謳歌しているあっけらかんとした若者だった。 高校卒業後、ずっと音信不通が続いた。しかし、福島原発事故が再び...