2026年2月6日金曜日

【第122話】つぶやき(その3):311後の「あべこべ」はなぜ発生したのか:その起源は七三一部隊にある(2026.2.7)

311後の原発事故の救済の異様なありようを見てきて、ずっとこう思っていた。

原発事故を起こした加害者たちは、救済者のつらをして、命の「復興」は言わず、「経済復興」と叫んで堂々と開き直り、
命に危険にさらされた被害者は「助けて」という声すら上げられず、上げようものなら経済「復興」の妨害者として迫害される、
あたかも密猟者が狩場の番人を、盗人が警察官を、演じている。安全を振りまくニセ科学が科学とされ、危険を警鐘する科学がニセ科学扱いされる、狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされるという、まさに「あべこべ」の不条理な社会が出現した。

しかし、なぜ、このような「あべこべ」の世界が出現したのか、その訳はずっと霧の中だった。

311から15年経ってようやく、先月観たドキュメンタリー映画「医の倫理と戦争」で私をずっと覆っていた霧が晴れる1つの突破口を与えられた。それが「七三一部隊と戦後日本の関係」という問題提起だった。

 一言でいうと、「余りにグロテスクであり、それと比較するとアウシェビッツのガス室すら人間的にさえ見える」()と評された 七三一部隊の人体実験、その部隊のリーダーたちは、戦後、900名以上がBC級戦犯として捕虜への虐待、殺害、強制労働の罪で死刑になったのに対し、彼らはアメリカへ人体実験データを提供する見返りとして何のお咎めも受けず、引き続き戦後日本の医学界の重鎮の席を占めた(長崎大学長になった福見秀雄を典型として)。これこそ、加害者が救済者のつらをして、密猟者が狩場の番人を、盗人が警察官を演じる、安全を振りまくニセ科学が科学とされる「あべこべ」の不条理な社会の堂々たる出現であり、この出現がその後の、とりわけ311後の日本社会の「あべこべ」の起源だったという決定的な事実に合点した。

 ()ロバート・ウィマントによる森村誠一『続・悪魔の飽食』の書評「ハルビンの屠殺者ーー戦犯への実験・日本の第二次世界戦争」(1983年)

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