2025年7月8日火曜日

【第110話】法律学(自己)批判の次の一歩:自分が初めて法律家になったような気がした書面の注釈を書いた(25.7.9)

5日前、ゆうちょ裁判の集大成の書面を書き上げ、提出した(>準備書面(3))。
その後、この書面の要旨を法廷で陳述したい旨を事前に裁判所に伝えていたことを思い出し、その要旨を準備した。
しかし、フタをあけたら、その書面は準備書面(3)のたんなる要約ではなく、その注釈、つまりなぜこのような整理をしたのか、その理由を明らかにした書面になってしまった。それは【第109話】の追伸に書いた以下の気づきを敷衍したものだった。

この感想を書いたおかげで、
今回の「概念法学の換骨奪胎」と、「法の欠缺の補充」というここ数年来の最大の発見である法律問題が私の中でつながった、ひとつの現象を別のメガネをかけて眺めているのだということに気づいた。つまり、もともとの問題が「法人格のない社団」という団体を規律する法律が制定されておらず、この意味で「法の欠缺」状態にあり、その「欠缺の補充」をしないと「法人格のない社団」をめぐる紛争を「法による裁判」によって解くことができない。そこで、「概念法学の換骨奪胎」という名の下に、無意識のうちに「欠缺の補充」を実行していたのだ。 

自分の中で無意識のうちにあったこの重要な問題意識を、ぜひとも裁判官に伝えたくて、今回の書面を書いた。だから、これは裁判官に宛てたラブレターの続きだった。

しかし、その結果、自分が書き上げた書面を一般市民の人たちにも理解して貰えるように簡単明瞭に要約することがかなわなくなった。それは改めて書くので許して欲しい。

             原告準備書面(3)の要旨>全文のPDF



2025年7月6日日曜日

【第109話】法律学(自己)批判の最初の一歩:自分が初めて法律家になったような気がした書面を書いた(25.7.6)

いま、私に必要なことは法律家として羽化すること。それが
ヘーゲルの「弁証法」を創造的に否定したマルクスのように、
「概念法学」を創造的に否定することである。

ゆうちょ裁判の原告準備書面(3)の全文

 

311以来、原発事故関連の裁判の行方を決めるのは次の三つの力にあることは確信していた(以下の2012年の疎開裁判のブックレットの目次>こちらと本文>こちら)。

 第2章 疎開裁判の判断を決める三つの力
 1 第一と第二の力――真実と正義
 2 第三の力――物いわぬ多数派(サイレントマジョリティ))

しかし、この3つの力について、これを裁判所にどう伝えたらベストなのか、そのコミュニケーションの仕方については正直、混沌としたままでよく分からなかった。その結果、その都度、必要だと思う上記の3つの力についてこれを主張した書面を作成し、提出した。つまり、行き当たりばったりにやっていたのである。

しかし、1年前の正月、元最高裁判事の泉徳治さんの「一歩前に出る司法」ほかを読み、そこで初めて、1938年のアメリカ連邦最高裁判所のカロリーヌ判決のストーン判事の脚注4なるもの(末尾の※1があることを知り、政治・政策問題に対して裁判所が司法消極主義を取るという態度にそれなりの合理的根拠があることを知った。ただし、このとき私が驚愕したのはそれではなく、にもかかわらず裁判所が司法消極主義を覆して、司法積極主義に出る場面があることを、この脚注4が説いていたことだった(末尾の※2)。それは一言でいって、人権問題に対する場面のことを指していた。
これは私にとって天啓だった。それまで
私はずっと政治・政策問題と人権問題を、漫然とゴッチャに考えていたからだ。それを可能な限りスパッと切り分ける。そのとき、裁判所は人権問題に対して司法積極主義に出るのだ、それが司法の本来の姿であると(それを実行して見せたのが先日の「国の生活保護基準の引き下げは違法」と判断した最高裁判決であり、昨年7月の「旧優生保護法は違憲」と判断した最高裁大法廷判決である)。泉徳治さんの「一歩前に出る司法」はそう語っていた。

この本の帯に書いてあるように、「裁判所が日本社会を動かす歯車の一つになる」必要がある。しかし、そのためには裁判所を利用する我々市民自身が一歩前に出て、一歩成熟する必要がある。それがーー裁判所を利用する以上、裁判所が司法積極主義に出れるように「政治・政策問題から人権問題へシフト」する必要があるということ。
私にとって深遠に思えたこの味わい深い訓えに触れ、私は自身の過去58年間を振り返る中で、社会問題に関する裁判に取り組むスタンスをそれまでの政治・政策問題から人権問題にシフトすることに態度を変更した。なぜなら、それまで私は裁判という場で人権問題なのに漠然とこれを政治・政策問題として解こうとしてきて、解き方をずっと間違えてきたからだ(その間違いについて書いたブログ>こちら)。

そして、自分が関わる市民運動においても、
それと取り組むスタンスを政治・政策問題から人権問題にシフトすることに態度を変更し、その態度変更を宣言したブックレット「わたしたちは見ている」を編集し出版し、出版後の最初の講演の題名は「原発事故後の社会を生き直す -市民運動の問題は従来の解き方では解けない-」だった(>そのチラシ)。
とはいっても、これはあくまでも基本原則・大原則に関する態度変更であって、現実の裁判の審理や書面の中で、或いは現実の市民運動の中で「政治・政策問題から人権問題へのシフト」をどう具体化していったらよいのか、それはまた別の問題だった。むしろそこでこそ自分が選択した態度変更が生きた実践として活かされるかどうかが問われる正念場だった。

現実の裁判の場では、政治・政策問題から人権問題へのシフト」という観点から、上記の3つの力について、これを裁判所が読んでなるほどと合点してもらえるように構成した書面をどうしたら作成できるか、それが求められていた。

その試練は昨年の態度変更以来、私を襲っていたはずで、私の中で政治・政策問題から人権問題へのシフト」という観点から今まで書いたことがなかった主張書面を書いてきた(と思ってきた)。ただし、今から振り返るにそれはなお不徹底、不完全だった。なぜなら、上記の3つの力の関係について、これをどのように割り振って記述したらよいのか、それについての明瞭な自覚に基づく努力をしてこなかったから。

この3つの力の関係について、初めて明瞭に自覚的に吟味検討を迫られたのが、今回のゆうちょ裁判(>裁判の公式ブログ)の集大成の主張書面だった。それは「なぜゆうちょ銀行の口座開設拒否は許されないのか?」この問いに対する原告の主張を集大成して述べるものだった。

実は最初、私は、この問いに対し、「或る団体が社団か、それとも組合か」という古典的な論点の分析から答えを導く準備書面第1稿を作成し、私の盟友であるKさんに見てもらった。すると彼は「判例は、団体が組合であっても民訴法の当事者能力を認めてますよ」と、私の「社団か組合か」の二分論をやんわりと否定し、もっと現実の紛争に即したリアルな分析が必要ではないかとコメントをくれた。
それもまた私にとって天啓だった。これを読んだ瞬間、大昔に読んだ次の一節が思い出されたからだ。

民法学者として知られる川島武宜は、90年前、研究会で初めて判例の報告をした際、指導教授の末弘厳太郎から次のようにこっぴどく叱られた。
そのようなばかばかしい判例評釈をするなど、もってのほかである。そんな判例研究するような人間は、法律学の勉強をやめてしまえ」、2回目の報告でも「おまえのは概念法学だ。稲というのは現実に植えつけた人間のものにならないはずはない。ドイツでそうでないなどと言ったって、そんなことは理由にならない。問題の実質をよく見ろ」(「ある法学者の軌跡」66頁~)。

私もまた、Kさんから、次のように言われたと思った。
――おまえのは概念法学だ。社団か組合か、そんな概念的な区別は理由にならない。問題の実質をよく見ろ。そのようなばかばかしい理由づけをするなど、もってのほかである。そんなことをするような人間は法律家をやめてしまえ。

それで、半ば忸怩たる思いで「問題の実質をよく見ろ」という真理と向かい合うしかないと思い直し、次の問題について、自分なりに吟味分析することにした。
・市民団体が団体名義の口座を持つことが健全な市民運動にとっていかなる意味を持つのか。
・そもそも健全な市民運動は健全な市民社会の形成にとっていかなる意味を持つのか。
・健全な市民社会の形成と市民運動の形成に不可欠な団体名義の口座がもし拒否されるとしたら、それはいかなる場合か。いかなる手続を経て拒否されるべきか。
その上で、この問題について、法的な価値判断を下すとしたら、いかなる法的な評価が導かれるか
についても
自分なりに吟味分析することにした。
それは一方で事実問題の分析評価であり、他方で法律問題の分析評価だった。

以上の分析が済んだあと、これまでの私なら、漫然とこれらの分析結果をベタッと書面化して一丁あがりとしたはずだ。しかし、今回、初めて意識的に、これらの分析結果をいわば演繹的に組み立て直し、あたかも目の前の現実を現行法というメガネを通して眺めたら、論理必然的に結論が引き出された、というふうに叙述形式を組み立て直した。
それは一見、私が最初に書いた第1稿の準備書面案と似ていた。しかし、それは似て非なるものだ。確かに形式論理的に組み立てられている点は同じだ。しかし、論理と論理をつなぐ事実はもはや第1稿のそれとはまったく異なり、本件紛争の現実世界の核心部分から構成されていて、その結果、本件紛争の現実に最も相応しい法的評価が見出されるように論理が組み立てられていた(少なくともそれをめざした)。

それは概念法学の換骨奪胎だった。概念法学がなぜダメかというと、それは概念法学の組み立てでは、一方で、論理と論理をつなぐ橋としての事実の部分がおざなりの形式的、定型的な事実にとどまり、他方で、紛争の現場のリアルな事実の核心部分がノイズと扱われ抜け落ちるおそれがあるからだ。とりわけ制定当時に想定していなかった新たな事態が発生したときには、概念法学ではこのおそれが現実化する(これが「法の欠缺」状態の発生である)。概念法学のこの宿命的な機能不全(すなわち「法の欠缺」状態に対応できない)に対し、概念法学にふたたび命を吹き込むのがここでの目的だった。それが概念法学の換骨奪胎ーー概念法学の法的論理の枠組みだけ残して、論理と論理をつなぐ橋としての事実の部分に、概念法学のように形式的、定型的な事実でもってお茶を濁すのではなく、紛争の現場のリアルな事実の核心部分が盛り込まれるように、事実の取捨選択と分析と活用の仕方を面目一新しようとしたのである。

紛争の現場のリアルな事実の核心部分」の把握の重要性は実はずっと昔から、戦前は末弘厳太郎の「自由法論」「法社会学」、我妻栄の処女論文「私法の方法論に関する一考察」、戦後も民法の星野英一、刑法の平野竜一らが提唱した「利益衡量論」、憲法の芦部信喜が提唱した「立法事実論」などでお馴染みのものだった。しかし、これらの思考方法は一時の流行でもなければ、特定の分野だけのことでもなく、すべての法律問題に及ぶ普遍的、原理的なものであった。
しかし、これまで、ともすると、「概念法学」の弊害に対する反発から
「概念法学」の全てが批判の対象となり、法的論理の枠組みすら否定されてしまいがちだった。しかし、ヘーゲルの「弁証法」を創造的に否定したマルクスにならって(末尾の※3)、ここで必要なことは「概念法学」の創造的否定だった。それが法的論理の枠組みである論理と論理をつなぐ橋としての事実の部分に新たに紛争の現場のリアルな事実の核心部分」を埋め込んで、そこから(概念法学がもたらした)「死んだ法」に換えて「生きた法」を創造することだった。

その際、私が自覚的にやろうとしたことは、論理と論理をつなぐ橋としての事実の部分に紛争の現場のリアルな事実の核心部分」を埋め込んだだけではなく、そのあと、その埋め込みに最も相応しい法的な判断を引き出す(それが「法の欠缺」の「補充」という法の創造作用のことである)にあたって、私自身の中で「最も普遍的な判断」とみなしてよいと信ずるものを持ち込んで、法的な評価を引き出したことである。今までと何がちがうかと問われると、それまで私は「法的価値判断の相対性」という考え方に囚われていて、事実問題は真偽の有無を判断できるが、法律問題という価値判断では真偽の有無は判断できない、つまりどこまでいっても相対的な判断にとどまると思ってきた。そのため、法律問題に対しては、あくまでもこれは私個人の主観的な価値判断として主張しているのだというスタンスを取ってきた。
しかし、最近に至り、統計学・疫学の検討をする中でそれはちがうのではないかと思い直すようになった。実はヒュームの懐疑論、ポパーの反証主義からも明らかなとおり、事実問題もまた
真偽の有無をついに確定的に判断することは出来ず、あくまでも仮説にとどまる。そうだとしたら、価値判断もまた同様に考えられるのではないか。つまり、これもまた仮説として普遍的な価値判断を提示しているのであり、そうだとしたらこれも許されるのではないかと。
柄谷行人によれば、カントは普遍性を真(科学)の次元のみならず、善(倫理・法)の次元にも拡張したとされるが、私が今回初めてやろうとしたことはカントのこの立場に立とうとしたことである。もちろんこれは仮説としての法的価値判断である。だから、のちにいくらでも反証され、否定されても構わない。しかし、それまでの間、私は自分の法的価値判断を普遍的な性格を持つものとして初めて主張したのである(それでとくに問題はないと考えている)。
その結果、何か変わることでもあるのか? そう問われると、私は大いにあると答えたくなる。「文は人なり」--このコトバはこの業界に身を置いていると痛切に感じるものである。従って、もし法律問題に対して示す自分の法的価値判断を「普遍的な性格」を持つものとして主張し得たとき、そのコトバは今までにはない説得力を読み手(裁判官や裁判の当事者・支援者)にもたらす力を持つであろうことを私は疑わないからだ。裁判官に向かってに限らず、およそ「法を説いて、人を巻き込む」の極意とは別に手練手管や詭弁的なテクニックを駆使することではなく、こうした原理的なスタイルそのものを地に足をつけて実行することにある。

その取り組みを曲がりなりにも初めてやったのが、ゆうちょ裁判の今回の準備書面(3)だった。
以上の意味で、この短い書面は、これまで書いたことがないような
私にとって画期的な書面である。私はこれで法律家として羽化したと思った。

とはいえ、これがどこまで首尾よくいったかどうか、自分では分からない。ただ、これを書き上げたとき、この書面でもってこの裁判の勝負に出よう、それで、まともな裁判官の手で裁かれるのであればそれで構わないという心境になった。つまり、裁判官に向けて、自信をもって自分の愛の告白をつづったラブレターを書いたと思った。

このとき、私は曲りなりに、自分が初めて法律家に羽化したような気がした。

私の願いは、2日前に自分が羽化した「自分が初めて法律家になったような気がした書面」をただのお飾りにして終わるのではなく、これを最初の一歩にして、今後、もっともっと練り上げていき、今度はひとり裁判官だけではなく、裁判に関心を持ってくれるすべての市民に向けて読んでもらえるように、このような書面を何十通、何百通、命がある限り書き続けることである。
それが、私にとって
政治・政策問題から人権問題へのシフト」を実践する大切な場のひとつである。

その第一歩を踏み出した今回の体験を記憶にしかと刻んでおくために、荒削りを承知で感想を記した次第である。

追伸
この感想を書いたおかげで、
今回の「概念法学の換骨奪胎」と、「法の欠缺の補充」というここ数年来の最大の発見である法律問題が私の中でつながった、ひとつの現象を別のメガネをかけて眺めているのだということに気づいた。つまり、もともとの問題が「法人格のない社団」という団体を規律する法律が制定されておらず、この意味で「法の欠缺」状態にあり、その「欠缺の補充」をしないと「法人格のない社団」をめぐる紛争を「法による裁判」によって解くことができない。そこで、「概念法学の換骨奪胎」という名の下に、無意識のうちに「欠缺の補充」を実行していたのだ。

 

※1アメリカ連邦最高裁判所のカロリーヌ判決のストーン判事の脚注4

①立法が、その文面上、憲法修正1条から修正10条までの10箇条(これらの条項が修正14条の正当な法の手続及び法の平等なる保護の原則の中に包含されると考えられる場合も同様であるが)による禁止のように、憲法による明確な人権制限禁止の範囲内に入っていると考えられる場合には、合憲性推定の働きはより狭い範囲となろう。

②望ましくない立法の廃止をもたらすことを通常期待することができる政治過程を制約する立法は、修正14条の一般的禁止の下で、他の多くの類型の立法の場合よりも、より厳格な司法審査に服すべきかどうかということを、州際通商の問題を扱っている本件では考える必要がない。ここで政治過程を制約する立法とは、選挙権の制限、情報を広めることの制限、政治団体に対する干渉、平和的集会の禁止などの立法を指す。

③特定の宗教的、人種的、民族的少数者に向けられた立法の審査について、政治過程を制約する立法の審査と同様の考慮が及ぶかどうかを、本件において調査する必要はない。すなわち、個々の孤立した少数者に対する偏見が、通常は少数者を擁護するために頼りとされる政治過程の働きをひどく抑制し、それに対応してより厳密な司法審査を要求するであろうというような特別の状況となり得るかどうかを、本件において審査する必要はない。

※2なぜなら、司法消極主義を正当化する根拠となる民主主義の政治過程が正常に機能しない場合もしくはその根拠が性質上及びにくい場合、民主主義の政治過程やその根拠が及びにくい領域の人権問題について、司法がもし司法消極主義に徹していたら、それは司法が司法消極主義では治癒できない病理現象から目を背けることであって、正義にもとることになるからである。このような場合には司法は自ら積極的に司法判断に出る必要がある。
(ブログ
最高裁につばを吐くのか、それとも花を盛るのか(24.3.8)」より

※3)(1)、資本論第2版の後記(1873年。以下、その英訳版)。(2)、経済学批判要綱の序説の3経済学の方法(1857年。以下、その英訳版

(1)、資本論第2版の後記より(英訳)
My dialectic method is not only different from the Hegelian, but is its direct opposite. To Hegel, the life process of the human brain, i.e., the process of thinking, which, under the name of “the Idea,” he even transforms into an independent subject, is the demiurgos of the real world, and the real world is only the external, phenomenal form of “the Idea.” With me, on the contrary, the ideal is nothing else than the material world reflected by the human mind, and translated into forms of thought.

The mystifying side of Hegelian dialectic I criticised nearly thirty years ago, at a time when it was still the fashion. But just as I was working at the first volume of Das Kapital, it was the good pleasure of the peevish, arrogant, mediocre Ἐπίγονοι [Epigones — Büchner, Dühring and others] who now talk large in cultured Germany, to treat Hegel in same way as the brave Moses Mendelssohn in Lessing’s time treated Spinoza, i.e., as a “dead dog.” I therefore openly avowed myself the pupil of that mighty thinker, and even here and there, in the chapter on the theory of value, coquetted with the modes of expression peculiar to him. The mystification which dialectic suffers in Hegel’s hands, by no means prevents him from being the first to present its general form of working in a comprehensive and conscious manner. With him it is standing on its head. It must be turned right side up again, if you would discover the rational kernel within the mystical shell.

In its mystified form, dialectic became the fashion in Germany, because it seemed to transfigure and to glorify the existing state of things. In its rational form it is a scandal and abomination to bourgeoisdom and its doctrinaire professors, because it includes in its comprehension and affirmative recognition of the existing state of things, at the same time also, the recognition of the negation of that state, of its inevitable breaking up; because it regards every historically developed social form as in fluid movement, and therefore takes into account its transient nature not less than its momentary existence; because it lets nothing impose upon it, and is in its essence critical and revolutionary.

The contradictions inherent in the movement of capitalist society impress themselves upon the practical bourgeois most strikingly in the changes of the periodic cycle, through which modern industry runs, and whose crowning point is the universal crisis. That crisis is once again approaching, although as yet but in its preliminary stage; and by the universality of its theatre and the intensity of its action it will drum dialectics even into the heads of the mushroom-upstarts of the new, holy Prusso-German empire.

(2)、経済学批判要綱の序説の3経済学の方法
(3) THE METHOD OF POLITICAL ECONOMY

When we consider a given country politico-economically, we begin with its population, its distribution among classes, town, country, the coast, the different branches of production, export and import, annual production and consumption, commodity prices etc.

It seems to be correct to begin with the real and the concrete, with the real precondition, thus to begin, in economics, with e.g. the population, which is the foundation and the subject of the entire social act of production. However, on closer examination this proves false. The population is an abstraction if I leave out, for example, the classes of which it is composed. These classes in turn are an empty phrase if I am not familiar with the elements on which they rest. E.g. wage labour, capital, etc. These latter in turn presuppose exchange, division of labour, prices, etc. For example, capital is nothing without wage labour, without value, money, price etc. Thus, if I were to begin with the population, this would be a chaotic conception [Vorstellung] of the whole, and I would then, by means of further determination, move analytically towards ever more simple concepts [Begriff], from the imagined concrete towards ever thinner abstractions until I had arrived at the simplest determinations. From there the journey would have to be retraced until I had finally arrived at the population again, but this time not as the chaotic conception of a whole, but as a rich totality of many determinations and relations. The former is the path historically followed by economics at the time of its origins. The economists of the seventeenth century, e.g., always begin with the living whole, with population, nation, state, several states, etc.; but they always conclude by discovering through analysis a small number of determinant, abstract, general relations such as division of labour, money, value, etc. As soon as these individual moments had been more or less firmly established and abstracted, there began the economic systems, which ascended from the simple relations, such as labour, division of labour, need, exchange value, to the level of the state, exchange between nations and the world market. The latter is obviously the scientifically correct method. The concrete is concrete because it is the concentration of many determinations, hence unity of the diverse. It appears in the process of thinking, therefore, as a process of concentration, as a result, not as a point of departure, even though it is the point of departure in reality and hence also the point of departure for observation [Anschauung] and conception. Along the first path the full conception was evaporated to yield an abstract determination; along the second, the abstract determinations lead towards a reproduction of the concrete by way of thought. In this way Hegel fell into the illusion of conceiving the real as the product of thought concentrating itself, probing its own depths, and unfolding itself out of itself, by itself, whereas the method of rising from the abstract to the concrete is only the way in which thought appropriates the concrete, reproduces it as the concrete in the mind. But this is by no means the process by which the concrete itself comes into being. For example, the simplest economic category, say e.g. exchange value, presupposes population, moreover a population producing in specific relations; as well as a certain kind of family, or commune, or state, etc. It can never exist other than as an abstract, one-sided relation within an already given, concrete, living whole. As a category, by contrast, exchange value leads an antediluvian existence. Therefore, to the kind of consciousness – and this is characteristic of the philosophical consciousness – for which conceptual thinking is the real human being, and for which the conceptual world as such is thus the only reality, the movement of the categories appears as the real act of production – which only, unfortunately, receives a jolt from the outside – whose product is the world; and – but this is again a tautology – this is correct in so far as the concrete totality is a totality of thoughts, concrete in thought, in fact a product of thinking and comprehending; but not in any way a product of the concept which thinks and generates itself outside or above observation and conception; a product, rather, of the working-up of observation and conception into concepts. The totality as it appears in the head, as a totality of thoughts, is a product of a thinking head, which appropriates the world in the only way it can, a way different from the artistic, religious, practical and mental appropriation of this world. The real subject retains its autonomous existence outside the head just as before; namely as long as the head’s conduct is merely speculative, merely theoretical. Hence, in the theoretical method, too, the subject, society, must always be kept in mind as the presupposition.

But do not these simpler categories also have an independent historical or natural existence pre-dating the more concrete ones? That depends. Hegel, for example, correctly begins the Philosophy of Right with possession, this being the subject’s simplest juridical relation.‥‥(以下、略)

 


2025年6月11日水曜日

【第108話】2025年の気づき10:住まいの権利裁判、「損害の欠缺」の補充の法理を考えている中で、初めて「欠缺の補充の(具体的な)法理」の意味を突き止める経験をした(25.6.11)

はじめに
311後の日本社会の最大の法律問題ーーそれは原発事故の救済に関する全面的な「法の欠缺」状態の解決である。なぜなら、311後の日本の法体系は、
原発事故の救済に関して全面的な「法の欠缺」状態が発生したにもかかわらず、国はその「法の欠缺」状態を放置し、これまでの「法治国家」から「放置国家」に転落したからだ。これは実に深刻な由々しい事態である。ただし、これはひとり国家だけの責任ではない。法律家も含めすべての人々がそれを黙認したのであり、(程度の差はあれ)我々全員にも責任がある。だから、この問題を解決するのも機能不全の国家にすがるのではなく、我々市民主導でやるしかない。

本題
この法律問題は大別して2つある。
1つは日本の法体系が原発事故の救済に関して全面的な「法の欠缺」状態にあることを「正しく認識」すること。
もう1つは、この法の欠缺を「正しく補充」すること。
   ↑
ところで、これらは単にやればいいというものではなくて、ともに「正しくやる」必要があるところ、前者は法体系の「認識作用」であり、法哲学者の田中成明が言うように、「法の完全性(専門用語に言い直すと「「法秩序の論理的完足性」)」などという信仰・幻想・偏見を持たずに、法のありのままの現実を素直に直視すれば、ごく素直に法の欠缺の事態を承認することができる(「現代法理論」246頁)。

これに対し、後者はそうはいかない。それは単なる「認識作用」にとどまらず、法の穴を埋める「法の創造作用」という実践が求められるからである。シンプルなモーツアルトのピアノソナタに感動することは誰にでも出来るが、シンプルなピアノソナタを、それもモーツアルトのような曲を作曲することは誰にとっても至難の業である。それと比べられるだろうか。
何を言いたいかというと、この世にシンプルなピアノソナタはごまんとある。しかし、そのなかにあっても、モーツアルトのような研ぎ澄まされたピアノソナタは彼にしか作れない。これと同様で、原発事故の救済ひとつととっても、法の穴を埋めるやり方はおそらくごまんとあるのだ。しかし、そのなかにあって、実際に原発事故に直面して命懸けで避難した被災者にとって最もピッタリ来る法の穴を埋めるやり方というのが必ずあるはずで、その最適な解を発見するのがここで求められている。それがモーツアルトの作曲に比すべく「法の創造行為」である。

そして、私は避難者の住宅追出しの裁判の中で、原発事故の救済について、全面的な「法の欠缺」状態を補充する際の指導原理として、以下の序列論をずっと主張してきた。
法の欠缺が発生している当該法律の上位規範に着目して、「当該法律は上位規範に適合するように解釈される必要がある」(上位規範適合解釈)という法の基本原理を応用し、「当該法律は上位規範に適合するようにその欠缺が補充される必要がある」という方法で補充を実行することである。》(住まいの権利裁判原告準備書面(17)5頁)
        ↑
この序列論に従って本件の補充を具体的に検討すると、避難者は「国内避難民」となった瞬間から、「国内避難民」の地位に基づき国際人権法が保障する居住権が認められる、というふうに国際人権法の上位規範に適合するように災害救助法等の「欠缺」が補充されるべきである、という結論が導かれた。そう考えた。
        ↑
しかし、これがなお不完全、不十分であることは、今回、原発事故の救済に関する「損害の欠缺」をどう補充するのかという問題に直面した時に明らかになった。なぜなら、「損害の欠缺」の補充については、仮に指導原理として「序列論」=上位規範適合解釈を採用したとしても、そこから具体的な補充の結論を導くことは困難だから。なぜ困難かというと、「損害の欠缺」では避難者の居住権を裏付ける「国内避難に関する指導原則」のような具体的な上位規範がうまい具合に見つからなかったからである。
ズカッと言えば、避難者の居住権に関しては、先に「国内避難に関する指導原則」が見つかっていたから、直感的に、これでもって避難者の居住権問題は解決できると確信し、そのため、なぜ「国内避難に関する指導原則」がここで補充されるべき具体的な規範となる資格を有するのかについて、突き詰めることをしないままサボってしまった。その結果、今回、新たに「損害の欠缺」の補充という問題に直面したとき、初めて、
一般論として、たとえ「序列論」=上位規範適合解釈を採用したとしても、候補となる上位規範は星の数ほどある。その無数の上位規範の中からなぜ、或る規範をもって補充すべきであると特定できるのか、その具体化を正当化する根拠とはいったい何なのかという本質的な課題が目の前に迫ってきたのである。

つまり、このとき、私は欠缺の補充という、法律家が普段は殆ど経験することのない、しかし、社会が変動し、「新しい酒は新しい革袋に」盛ることが求められるとき、法律家として最も創造的な具体的作業--つまり、単に序列論といった一般論・抽象論ではダメで、生きた現実の紛争を解決するに足るだけの具体的な規範の発見--が求められる「法の創造行為」という制作現場にほおり込まれた。

以下、「法の創造行為」という制作現場に投げ込まれた中で、だらだらと考えたこと。

昔から、或る事が分かるとは、それをうまく別のものに置き換えることが出来た時だと思って来た。とはいえ、やみくもに置き換えればいいのではなく、つぼを得た置き換えでなければダメなのだが。
今回の「欠缺の補充」もこれと似ていないか。欠缺という穴をうまく別のものに置き換えられないか、という意味で。

そこで、これを以下の4つのことで置き換えられないかと思った。

1つ目は、丸山真男の「被ばく体験」
彼は言う、「従来の災害の概念では、広島・長崎の原爆投下の現実を理解できない。なぜなら、戦後24年の今日でもまだ新たな原爆症の患者が生まれ、長期の患者或いは二世の被爆者が今日でも白血病で死んでいるのが現実だからだ。この現実を直視すれば、まさに毎日々々原爆は落っこちている。」
          ↑
これを聞いたとき、それは福島原発事故にも当てはまる、こう言うことが出来ると思った。
「従来の災害の概念では、福島原発事故の現実を理解できない。従来の災害のようなタイムスパンで原発事故の災害の現実を考えることは出来ないからだ。この現実を直視すれば、まさに毎日々々原発が事故を起こしているようなものだ。」
          ↑ 
さらに、今、これは、次のように置き換えられることに気づいた。
原爆投下により、その後も「毎日々々原爆は落っこちている。」としたら、それはまさに「毎日々々権利侵害が発生し、そして損害が発生している」ことを意味する。
つまり、丸山は、従来の災害の時間概念を覆し、未曾有のタイムスパンで考えざるを得ないという原爆特有の「損害」概念を発見した。
同様に、
福島原発事故により、その後も「毎日々々原発が事故を起こしている」としたら、それはまさに「毎日々々権利侵害が発生し、損害が発生している」ことを意味する。     
つまり、我々は、従来の災害の時間概念を覆した、未曾有のタイムスパンで考えざるを得ない原発事故特有の「損害」概念を初めて発見した。
        ↑
それは、まさに従来の権利侵害(違法)論や損害論の枠組みでは福島原発事故により発生した権利侵害(違法)や損害は捉え切れないことを意味する。
第一、そもそも日本政府も日本の法律関係者も誰一人、福島原発事故級の事故を想定しておらず、福島原発事故級の事故を踏まえた権利侵害(違法)論、損害論も誰一人、正面からまともに吟味検討した者はいなかったのだから。これがまさに「法の欠缺」であり、「居住権」に関する「法の欠缺」を追出し裁判、住まいの権利裁判で主張してきた。
しかし、「法の欠缺」は「権利侵害(違法)論」のレベルにとどまるものではなく、「損害論」のレベルでも問われるべきテーマだった。今回、Hさんの指摘で初めて、丸山真男の「被ばく体験」の言葉を以上のような「損害」に変換できることに気がついた。

2つ目は、「求償」論に対する違和感(このうち前半を省略)。
……
この問題の解決策は単純で、2つの場合に分けて論じるしかない。つまり、
第一が、国は福島原発事故の加害責任を負っている。だから、東電と並んで、被害者が被った「損害」の賠償を連帯で負う責任がある。そこには「求償」という問題は生じない。
第二に、仮に第一の主張が認められないとき(国の加害責任が否定されたとき)、その場合には被害者が被った「損害」を国が負担した場合には、その負担分はのちに東電に「求償」することになる。除染作業により発生した費用はそのように扱われている。
         ↑
この2つの場合に整理して初めてすっきりした気分で、3つの「損害」論に入ることができる。それは、例えば、この間発生した全ての除染作業により発生した費用(以下、除染費用という)は全て東電に「求償」できるのか?それとも或る時期を区切って、その時期以降の除染については、東電に「求償」できないことになるおそれがあるのではないか。逆に言えば、その時期を区切らないと、東電は際限なく、ずうっと除染費用を負担させられることになり、それはたまらない、と反論してくる。もしそうだとしたら、どこまでの除染費用が「求償」の対象となるのか。それはすなわち、どの時点までの除染費用が「損害」に含まれるのかという「損害」の時間的、空間的範囲の問題。
さらにそれは、そもそも「損害」の中身は誰が決定できるのか、行政?国会?裁判所?それ以外の誰か?という基本問題に至る。それが次の3つ目の論点。

3つ目は「損害」の範囲は誰が決めるのかという主体の問題。
例えば2017年3月末で無償提供を打ち切った内堀知事が「仮設住宅」の使用に関する「損害」の範囲を決定できるのか。できるとしたら、どこにその根拠があるのか。
思うに、ここも2つのレベルに分けて考える必要がある。
第一が「損害」の範囲とは通常は損害賠償に関する法律の解釈のこと。
従って、「損害」の範囲は誰が決めるかとは、「損害」の解釈を最終的に決定する者は誰かという問題に置き換えられる。
これについて、最も有力な見解が、憲法81条で最高裁判所が「一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限」を有すると規定されていることを根拠にして、最高裁判所だとされている。ただし、これはあくまでも「最終」の決定権者であって、最終に至るプロセスで、現実の過程の中では、立法府だったり、行政府だったりすることが日常茶飯事。その意味で、裁判所もまた地裁、高裁レベルでも「法の解釈」をする権限が与えられているから、裁判所も「損害」の範囲を自ら決めることができる。内堀が2017年3月末で無償提供を打 ち切る決定を出したからといって、裁判所はそれに服従して「損害」の範囲を従う義務はなく、裁判所自らの判断を示せる。
しかし、本件では、さらに新たな問題がある。それが「法の欠缺」。原発事故による「損害」は従来の「損害」論が想定範囲外であり、まさに「法の欠缺」状態にある。従って、このような穴である「損害」について「解釈」の余地はない。なぜなら、解釈とは法が穴ではなく、存在することを前提にして、その文言をどう読み解くかという行為だから。
そこで、「法の欠缺」状態にある本件の「損害」については、
第二に、「損害」の範囲とは欠缺状態にある「損害」の穴を補充すること。
従って、この場合の「損害」の範囲は誰が決めるかとは、「損害」の穴の補充を最終的に決定する者は誰かという問題に置き換えられる。
これについて、憲法にも法律にも、おそらく国際法にも規定はない。
そこで、条理に照らして、この難問を考えるほかないが、試行錯誤の中で辿り着いた私の結論は「欠缺の補充」の作用もまた、その1つである「類推解釈」が「解釈」という名称が使われていることから示唆される通り、規範的な創造行為という意味で、解釈作用と共通する側面を有する。この意味で、法解釈の最終決定権者と同様に考えてよい。
つまり、最高裁が「欠缺の補充」の最終決定権者であること、
最終に至るプロセスの現実の過程の中では、立法府も行政府も裁判所もめいめいに付与された権限の範囲内で、「欠缺の補充」を決定することが出来るものと解すべき。
つまり、裁判の中で、損害の範囲に関する「欠缺の補充」を決定する際に、「行政府の決定(例えば内堀決定)に従う義務はなく、あくまでも自らの判断で「欠缺の補充」を行えばよい。例えば、強制避難の避難者ばかりか自主避難者の住宅確保にかかった「損害」について、条理に照らして、2017年4月以降の分も「損害」に含まれるという「欠缺の補充」を行なうことは法的に全く何の問題もない。
その場合には、2017年4月以降の分については、県の2倍部分はむろんのこと、1倍部分の請求もまた「損害」である以上、これを被害者に請求することは許されず、端的に加害者の東電に「求償」すべきことになる。

これに対し、国も県も上記の主張を認めないわけですが、にもかかわらず、「住宅確保に要した費用」について、強制避難と自主避難を問わず、国と県はどこまでが「損害」で、どこからが「損害」ではないと主張するのか、その整理は殆ど不可能なはず。とはいえ、彼らとても、「住宅確保に要した費用」について「損害」はゼロであるとはさすがに言えないはずで、もしそうなら、じゃあ、どこまでが「損害」の範囲かを決定せざるを得なくなる。そこがつらいところで、損害の内と外の境界線を引くことが彼らの手に余るように思える。
そこで、ひとまず、内堀決定の中身に従って損害と非損害の境界線を引くことにしようと見えて、しかし、それでも2017年3月までの分は「損害」でないんなら、国はその分も避難者に請求しないとおかしいことになる。だが、そんなことはとても出来ない。他方、2017年3月までの分は「損害」だとしたら、今度は東電に「求償」しなくてはならなくなる。それもまたややこしいので、国はやらない。全てをゴチャゴチャにしたまま、グルグルポンで闇の中に葬るようにして、この「損害」論を終わらせようとしている。

最後の4つ目が、福島県の反論『国に対して2倍家賃を支払うという義務を負担する(現に支払っている)から、セーフティネット契約に2倍家賃条項を設けたこと、これを原告らに請求することは違法、無効ではない』というロジックのおかしさ。

このロジックは、次の思考実験「タイタニック号が大型タンカーにぶつけられて衝突したときに、国が乗客の救助が行う」、その時にたまたま国の救助船が間に合わなくて、民間の救助船に頼んで救助してもらったケースに置き換えると、そこで、民間の救助船から、非常事態に対応して大変だっというので国が通常の2倍料金を請求されてそれを支払った。そういう理由で、国が救助にかかった2倍料金の費用を負担したんだから、救助された乗客に請求することは別に違法でも無効でもない、と主張するのと共通している。
この思考実験では、災害救助に要した費用が「損害」である以上、費用を「肩代わり」した公的な組織は、被害者に請求するのではなく、最終負担者の加害者に「求償」すべき。それと同様に、本件も、勝負はセーフティネット契約終了後の2019年4月以降の「住宅確保に要した費用」が「損害」かどうかにある。もしこれが「損害」なら、県は県が「肩代わり」した費用を被害者の避難者に請求するのではなく、最終負担者の加害者=東電に「求償」すべきだからです。
ここでも勝負は3つ目の論点「損害」の範囲はどこまで及ぶか、であり、そして、この論点を判断する決め手は1つ目の、丸山真男の喝破した原爆・原発事故特有の「損害」概念の発見に行き着く。 

この従来の災害・事故では捉え切れない、原爆・原発事故特有の途方もない「時間的」スパンの中で「被災者」「人権(権利)」「損害」といった概念を再構成する必要があることを自覚・発見したとき、この発見に最もふさわしい「欠缺の補充」の指導原理を具体化したものが、「国内避難民」という規範であることの意味が分かった気がした。なぜなら、過去の経験からも(例えば、クルド人の迫害問題)、「国内避難民」は迫害の危険が伴う不安定な地位にいつ終わりが来るのか、その結論は簡単に引き出せず、長期にわたり「国内避難民」の地位が継続する可能性が高い。この意味で、原発事故特有の途方もない「時間的」スパンの中で原発事故避難者の地位を再構成する必要があるときに国内避難民」の概念はこの原発事故避難者の上記状態を最も的確に置き換えたものであるからである。
この意味で、国内避難民」という概念による補充は、単に法律の上位規範である国際人権法の1つとして登場したものにとどまらず、その「適合性」の点においても、原発
事故避難者の地位の本質的特徴を「時間的」スパンにおいて最も的確に言い表わした、その意味で最適な補充だったのだ。
4年前、2021年5月の追出し裁判第1回期日で、
国内避難民」に基づく居住権の保障を主張したが、その時は無我夢中で、それ以上のことまで考える余裕がなかった。いま初めて、国内避難民」という概念による補充が「法の創造行為」のお手本なのだという意味が分かった気がした。

おわりに
だらだらと取りとめもなく、書いてしまった。
この雑文の中核にある教えは次のものである。

「法の欠缺」の補充を正しく行え。
そのためには、やみくもに上位規範を探し出してきても無駄。
法の穴になっている部分の背景となっている事実関係(憲法なら「立法事実」)の本質的特徴を捉え、
その特徴と出来る限りピッタリ対応する上位規範を探索すること。
その実例が、原発事故避難者の地位にピッタリ対応したのが国内避難民」の指導原則という上位規範。
この経験は永遠に記憶される価値のある、「欠缺の補充」のお手本の最初の第一歩となるだろう。

 

 

 

2025年6月10日火曜日

【第107話】2025年の気づき9:住まいの権利裁判、もうひとつの「法の欠缺」が見つかった。それが「損害の欠缺」。そのおかげで今までの「法の欠缺」との関係も明瞭になった(25.6.10)

 政府の迷走。それは、原発事故による除染作業で発生した費用について、国が負担した分は東電に請求している一方で、原発事故による避難者が避難先で住宅確保に要した費用について、国が負担した分も東電に請求していると思うだろうが、実際にはしていない。なぜしないのか。その理由を説明しうる唯一のものは前者の除染費用は東電が負担すべき、原発事故により発生した「損害」であるのに対し、後者の住宅確保に要した費用はこの「損害」に該当しないから。

だが、果して、本当にそうだろうか。原発事故で大気中に大量に放出された放射性物質による被ばくを逃れるために、原発周辺の住民が住いから避難して、避難先で住宅確保のために費用が発生したら、それは通常、加害者が賠償すべき「損害」ではないのか。

この理は国も先刻承知している。だから、ざっくり言えば、原発事故直後に原発周辺の住民が避難先で住宅確保に要した費用が「損害」に該当することは認める。だが、本当の問題(アポリア)はその先にある。つまり、住宅確保に要した費用について、空間的に、そして時間的に「損害」の範囲はどこまで及ぶのか、それが分からない。言い換えると、避難先で住宅確保に要した費用は、原発からどの程度の範囲に住む住民が(空間的に)、どの程度の期間まで(時間的に)認められるのか、それをどう考えたらいいのか分からず、頭を抱えている。

それはその通りだろう。なぜなら、このような、従来の災害と比べ、桁違いの空間的な広がり(東日本壊滅の危機)と時間的な広がり(百年単位)をもった「損害」論は311原発事故まで日本は経験したことがない出来事だから、日本の過去の「損害」論に手がかりを求めても見つからないのは当然だ。この意味で、日本の法体系は311まで、桁違いの空間的及び時間的な広がりを有する原発事故による「損害」論は「法の欠缺」状態にあり、国に限らず、誰もがみんな、「損害」論に関する「法の欠缺」に頭を抱えることになるのは必至だ。

 それをさも分かったような顔をして処理しようとするからドツボにはまる。法哲学者の田中成明が言うように、我々はもっと素直になって、法の欠缺の事態を素直に承認し(「現代法理論」246頁)、そこから慎重に「欠缺の補充」作業を吟味検討すればいいし、そうするほかない。
以下、この「欠缺の補充」作業の吟味検討の中で明らかになったことをメモ風に書き出す。 

1、「損害」として自明と思われている除染費用も、実は住宅確保に要した費用と同様の困難な問題を孕んでいる(住宅費用ほど顕在化しないだけのことで)。ここでもまた、除染費用は原発からどの程度の範囲に住む住民に(空間的に)、どの程度の期間まで(時間的に)認められるのか、それをどう考えたらいいのかと問い始めると、途端に訳が分からなくなり、同様に頭を抱えてしまうからである。

2、この難問を解く鍵は、普段誰も問おうとしない次の問い《なぜ除染費用は「損害」なのか》、その理由を問うことの中にある。
除染費用が「損害」であるのは、
ひとつは、原発事故で大量の放射性物質が大気中に拡散して、住民の住いに降り注いだ結果、住民の生命、身体、健康に対する危険をもたらした、つまり人格権が侵害されたから。。
もうひとつは、住民の住いに降り注いだ結果、住民の土地、建物の所有権が侵害されたから。
その結果、こうした侵害を除去するために必要な除染作業に要した費用(=除染費用)は「損害」だと。つまり、いずれも「権利」侵害が認められるからだと。
       ↑
ここで重要なことは「損害」論と「権利」論が表裏一体、コインの表と裏の関係にあるということ。
そして、この関係は、除染費用に限らず、住宅確保に要した費用でも妥当する。否、実はすべての「損害」論に妥当する。なぜなら、そもそも「損害」の発生というのは「権利」(厳密には権利に限定されないが)侵害に対する事後的な救済として登場するもので、その本質上、両者を別々に考えるわけにはいかない。
以下、この観点から住宅確保に要した費用の問題を考える。

3、つまり、 住宅確保に要した費用は原発からどの程度の範囲に住む住民に(空間的に)、どの程度の期間まで(時間的に)認められるのか、という「損害」の問題は、「権利(居住権)」論と表裏一体の関係にある。従って、
いつまで住宅費用が「損害」として認められるかは、いつまで避難者に「権利(居住権)」が認められるかという問題と同一である。そこで、この「損害」の問題は避難者はいつまで「国内避難民」として居住権が認められるか、という問題に帰着する。
       ↑
ただし、ここで、事態が少々錯綜、複雑化する。というのは、除染費用の場合、そこで問われる「権利」侵害の主体は基本的に東電とされているのに対し、
住宅確保に要した費用の場合、そこで問われる「権利」侵害の主体は東電だけに限定されず、国もまた「権利」侵害の主体とされるからである。なぜなら、避難者が「国内避難民」として認定された場合、国(及び自治体。以下、国らという)は、その「国内避難民」の居住権を保障する法的義務を負い、国らがその義務を果たさない場合、それは国らによる「居住権」の侵害とみなされるからだ。
       ↑
その意味で、たとえば次のロジックはまちがいである。
住宅確保に要した費用が「損害」に該当する場合、県はこの「損害」をダイレクトに東電に請求すべきであって、被害者である避難者に請求し、さらに避難者が最終的な責任を負う東電に請求するという迂路を取るのは信義則上、許されない。

なぜなら、上記の通り、もともと国も自治体も、避難者の「国内避難民」の居住権を保障する法的義務を負う以上、その義務者が避難者に対し住宅確保に要した費用を請求すること自体が、上記法的義務に違反する行為であり、居住権の侵害と言わざるを得ないから。

4、そこで、「損害」論の問題は避難者はいつまで「国内避難民」として居住権が認められるか、という問題に帰着するから、これについて吟味検討する。
 国際人権法が「国内避難民」について、人々がいつ「国内避難民」になるかという始期について規定しているのに対し、いつ「国内避難民」でなくなるのかという終期について規定していないのは、それなりの訳があり、思うに、「国内避難民」の終わりが簡単に訪れるものではない現実を反映していて、個別の事案ごとに慎重に検討して判断しているものと思われる(確認中)。
ただし、厳密には、「国内避難民」の終期と住宅確保に要した費用の「損害」の終期とは必ずしも連動する論理必然性はなく、たとえ国内亡命状態が継続中であっても、もし万が一、避難者に必要十分な生活再建のサポートが提供された場合(いわゆる生活再建権の保障)には、或る一定の時点以降は自力で生活再建が果たせると判断して、住宅確保に要した費用の「損害」の終わりが到来したものと解する余地も可能だと思う。

仮にこのような立場に立ったとしても、それは「避難者に必要十分な生活再建のサポートが提供されたか」どうかを慎重に検討して判断を下すべき事柄であって、県知事が国と協議して一方的に「損害」の終わりを決定できるようなものではない。

5、小括
 いずれにせよ、住宅確保に要した費用の「損害」の問題は避難者の「国内避難民」の居住権の問題と一体に考えて、その中で解決すべきである。それが上記の4。これが現時点で私の引き出した結論である。

 


 

2025年5月20日火曜日

【第106話】「311から13年」経って初めて気づいた、ふくしま集団疎開裁判&子ども人権裁判とは何か(24.11.2)

 これは昨年11月の新宿デモで話した内容。

311から13年経ってようやく、ふくしま集団疎開裁判&子ども人権裁判(2つの子ども脱被ばく裁判の1つ目)の意味が分かった。

この2つの裁判で子どもたちが訴えたことは、詰まるところ次のこと。
私たちは今のこんな非人間的な学校環境の中では生きていけない、
私たちを人間として扱え、私たちを人間として尊重しろ、

だから、私たちをバラバラではなくて、友だちと一緒に、今の学校から放射能から安全な場所に避難させて教育をしろ

この意味で、この2つの裁判は今の学校に対する「不登校裁判」だ った。 
それは、その2日前にデカデカと発表されたニュース(>NHK)、
小中の不登校が過去最高の34万人
の子どもたちの訴えと重なるもの。

この夏、養老孟司の「脳化社会」論に接し、今の社会が子どもたちの不登校を解決できない根本の原因は我々が「脳化社会」にどっぷり漬かっているからだと合点した。それは同時に、なぜ今の社会が福島の子どもたちの集団避難問題を解決できないかも明らかにすることだった。つまり、それは根本的には政治家ばかりか、我々市民自身もが「脳化社会」にどっぷり漬かっていて、それが「バカの壁」になっていて、「集団疎開問題」「不登校問題」を解決できないからだと合点した。
311から13年目の夏にしてようやく、自分の課題が「311後の日本社会、それは見えない人権侵害のゴミ屋敷を脳化社会から検証し、ここから人権回復への道を模索・実行することにある」ことを合点した(>そのつぶやき)。

そのことについてスピーチしたのが、2024年11月2日の第20回新宿デモ前スピーチ。

2025年5月18日日曜日

【第105話】「311から14年」ついに約束は果たされなかった(25.5.18 )

 311直後、東京電力の社長清水正孝氏が、出張先から東京本社に戻るため自衛隊機に搭乗しようとして拒否されたのに対し、山下俊一氏は、国賓扱い並みに、長崎から自衛隊機に乗り、3月18日、福島入りした。その彼が放った言葉は、
「正しく恐れよ」
という正しい一般論と、次のでたらめな具体論だった。
科学的に言うと、環境の汚染の濃度、マイクロシーベルトが、100マイクロシーベルト/hを超さなければ、全く健康に影響及ぼしません。ですから、もう、5とか、10とか、20とかいうレベルで外に出ていいかどうかということは明確です。昨日もいわき市で答えられました。『いま、いわき市で外で遊んでいいですか『どんどん遊んでいいと答えました。福島も同じです。心配することはありません。是非、そのようにお伝えください。」(2011年3月21日福島市講演>動画
「放射線の影響は、実はニコニコ笑ってる人には来ません。クヨクヨしてる人に来ます。これは明確な動物実験でわかっています。」(同上)

その山下氏が、5月3日に二本松市の二本松北小学校で行った講演会(その動画>前半後半)で、後半の最初の質問に立った地元の寺の住職は次の質問を彼に問うた。

私は命と向き合う仕事をしております。うちのお寺では幼稚園も経営してまして、小さい子どもたちが通っております。僕も色々調べましたが、先ほど先生も言いましたが「正しく理解する」、でも基本的に正しく理解することは不可能だと思うんです。これから福島原発で被ばくされた方のデータが20年後に正しく理解されていくのは分かりますが、現時点で正しく放射の理解することは不可能だと僕は思います.それで僕の義理のおじさんは河田昌東といい、チェルノブイリにずっと行ってる方です。
1つだけ。情報が混乱してる中で何が正しい情報なのかやっぱり個人個人が理解するしかないと思うんですが、情報が混乱しすぎてて何が正しいのか僕は分かりません。
先生の話を聞いた上で先生に1つだけ質問したいのは、ここ二本松が健康に影響がない地域なんであれば、僕らはやっぱりここに住みますし、ここで生活しております、子どももおります、幼稚園の生徒も通ってきます。ですからいろんな覚悟を持って僕は生活してるんですが、先生の話が真実なんであれば、先生にもやっぱり覚悟を持っていただきたい。本当に(講演会場の二本松)北小学校が健康に影響がないんであれば、先生がお孫さんを連れて砂場で遊んでいただきたい[拍手]。できますか。お孫さん連れて北小の校庭で遊べますか
(←その動画は>こちら

それに対する山下氏の答えは次の通りだった。

もしそれを私がしたら皆さん 信じていただけますか。私は基本的に被ばく二世で、親戚郎党みんな原爆で亡くなりました。・・・もちろん、今、住職さんの言われた私への期待というのは痛いほどよくわかります。私がそれに応えて、孫を連れてきて砂場で遊ばせたら、みんなが信じてくれるんだったら、お安い御用だと思います。はい、私は是非住職さんとのお約束を守りたいと思います[拍手]

それから14年が経った2025年の5月。この住職さんに、山下氏は講演会で公言した約束を実行しましたかと聞いたところ、「していない。彼は来なかった」という。

14年前の5月3日、山下氏は福島県の放射線管理アドバイザーとして公人として原発事故のさなか不安におびえる住民たちの前で話をし、質問者の問いに「もしそれを私がしたら皆さん 信じていただけますか 」と前置きをして、「私は是非住職さんとのお約束を守りたいと思います」と約束した。だが、この公人としての約束はついに果たされなかった。一事が万事とはこのようなことを言う。 そして、これは単に14年前の過去の話ではない。未来の原発事故の話を語ったものだ。

2025年5月3日土曜日

【第104話】「311から14年」に思うこと(25.5.3 )

 以下は、市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会のニュースレターに書いた今年の抱負の文。
その抱負を具体的に述べたのが
【第100話】311後の日本人は今どこにいるのか?これからどこに向かうのか?

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「311から14年」に思うこと

 今年の311日、兵庫県市川町で日本版の話をする機会を得た。以下、その中で考えたことを記す。

311から14年が経った。もう14年経ったのか、だが百年付き合わざるを得ない原発事故からみたらまだ14年しか経っていないのか、この2つの思いに引き裂かれている。けれど311を経験したから余計なのだろう、自分自身74年生きてみて初めて分かることがいっぱいあった。それは私にとって世界も未来も一寸先は依然真っ暗闇だからである。だから、これから自分が学ぶことがまだまだ山のようにある。そして、それを自分なりに掴んだとき、今まで知らなかった新しい世界と未来が目のまえに開けてくることを確信している。

1年前出版したブックレットで、日本版市民運動の新しいスタイルとして政治・政策から人権にシフトする必要性を提案した(>こちら)。この時、それは自分にとって画期的なものに思えた。だが、数ヵ月後、養老孟司の「脳化社会」論に震撼させられ、上記の提案も「脳化社会」というコップの中の嵐にすぎないと思い知らされ、吹き飛んでしまった(>こちら)。その結果、「脳化社会」そのものとの対決という私にとっての最終目標が目の前に現れた。なぜなら、今日の社会にあって、私たちの命、健康、自由を損ない、最も苦しめているのは一握りの権力者というよりも、私たちを有無を言わせず管理し服従させる「脳化社会」のシステムそのものにあるからだ。福島原発事故がもたらした大きな傷、それは日本社会を人権侵害のゴミ屋敷にしてしまったことだが、それをもたらした最大の張本人は一握りの原子力ムラや権力者ではなく、「脳化社会」そのものにある。私たちは「脳化社会」と対決する中で、日々の生活の中で奪われてきた「自分の人生は自分で決定する」という自己決定の力を回復させなければならない。私の今年の課題もそこにある。


【第137話】311から15年、「国やぶれてノリ弁あり」。避難者の住宅使用料協議情報の不開示の異常さから、311後の日本社会のレントゲン診断に挑戦する提訴(26.9.24)

   日野行介さん       ノリ弁の開示文書 今頃なに?と人は思うかもしれないが、本日、ひとりのジャーナリストが原告となって国と福島県を提訴した。 その人は日野行介さん。 その内容は、福島原発事故により避難を余儀なくされ...