2025年1月13日月曜日

【第46話】2025年のつぶやき再開:「ファーブル昆虫記」の写真集から「教育とは生徒の中にひそんでいる能力を呼び覚ますことだ。眠り込んでいる爆薬の点火薬だ」(25.1.13)

 「ファーブル昆虫記」に写真集があるなんて知らなかった。
息子とファーブルの共著だ(>本の紹介)。

 


 



その中に、80歳を超えたファーブルが、生涯に受けた忘れがたい2つの授業について語るくだりがあり、次の言葉が紹介されている。

それは彼がアヴィニョンの師範学校の生徒だったとき、教師が酸素を発生させようとして行なった実験の失敗にまつわる話だった。その実験は見事に失敗し、爆発の結果、壁は硫酸でしみだらけ、級友たちはあちこち火傷して泣き叫び、教師の洋服もボロボロになった。しかし、この失敗はファーブルにとって生涯忘れられない出来事となった。なぜなら、このとき、彼は化学への糸口を彼はつかんだからである。
それについて彼自身、こう書き残している。

教育で最も大事なことは何を教えるかではない。教えられたものは十分理解されるかどうか分からない。
教育とは生徒の中にひそんでいる能力を呼び覚ますことだ。眠り込んでいる爆薬の点火薬だ。私の中で点火薬が発火した。いつか私は自分で、今日運悪く手に入れられなかった酸素を手に入れてみよう。いつか先生なしでも化学を覚えよう。そしてもっと多くのほかのことも‥‥
」(ファーブル昆虫記第10巻第21章)

これは学びの原点を語ったもので、すべてについて言える。
たとえばチェルノブイリ法日本版の学習会について、次のように。

日本版の学習会で最も
大事なことは何を教えるかではない。教えられたものは十分理解されるかどうか分からない。
なぜなら、学習会とは参加者の中にひそんでいる意識を呼び覚ますことだから。眠り込んでいる爆薬の点火薬だから。だから、参加者の中からひとりでもいいから、参加者がこう感じてくれること、それが学習会の真髄だーー私の中で点火薬が発火した。いつか私は自分で、今日運悪く手に入れられなかった日本版のエッセンスを手に入れてみよう。いつか講師なしでも日本版のエッセンスを学ぼう。そしてもっと多くのほかのことも‥‥



2025年1月12日日曜日

【第45話】マーク・トウェインの長女の話から、ひとりの自主避難者(長谷川克己さん)の話が天啓のように思い出された(25.1.13)

 

マーク・トウェイン 15歳(ウィキペディア

 

      長谷川克己さん 

「 トム・ソーヤーの冒険」の作者マーク・トウェインは、自伝の中で、7歳の長女スージーについてこう書いている(ちくま哲学の森4「世界を見る」)。

よその子と同じように、スージーも快活で楽しそうに動き回り、遊ぶのが好きだったが,
‥‥ 時々、かなり長いこと自分自身の中に閉じこもり、人間存在のいろいろな謎や悲哀の深く隠された意味を解明しようと、子どもなりに必死に努力していた。わずか7歳の子どもだというのに、人間の歴史始まってから、大の大人たちを途方に暮れさせてきたのと同じ問題、
つまり‥‥
子ども部屋に一人ぽつんと閉じこもり、こういうことを長い時間をかけて考えに考えたあげく、娘はためらいながら、自身のたどたどしい言葉で、以上のことをあらかじめ母親に話してからこう
尋ねるのであった。
「おかあさん、みんな、何のために生きているのかしら」
‥‥
妻は娘に何度も何度も、「ねえ、スージーちゃん、そんな些細なことでいつまでも泣いたりしないことよ」と言ってなだめるのだった。
こう言われた
スージーはまたも悩むのだった。娘は自分にとって大事件と思われるいろいろなことーーおもちゃがこわれたとか、ひどい雷雨でピクニックが中止になったとか、子ども部屋で馴れ親しみ仲よしになっていたハツカネズミがネコにつかまって食い殺されたしまったこととかに小さな心を痛めていたが、この母親の言葉を聞いて、突然、天啓のような不思議な考えに行き当たったのである。
どうしてかわからないが、今みたいなことは大きな不幸とはいえないらしい。
どうしてでしょう?
不幸の大きさってどうやって測るのかしら?
その物差しは何なのかしら?
大きい不幸と小さい不幸とを区別する方法がきっとあるに違いないわ。
だとすると、その割合を決める規則ってのは?
娘は二、三日真剣にこのことを考えた
ーーが、結局、よく分からなかった
ーー挫折したのである。とうとう諦めて母親のところへ行き、助けを求めた。
「おかあさん、『些細なこと』ってなあに?」

‥‥それは、(母親が)その答えを言葉にしようとすると、意外にも予期しなかった困難に直面してしまい、それが次第にふくらみ、倍加していき、また別の挫折感となり、説明しようといくら努力しても行き詰ってしまうのだった。
‥‥
そこで一つの結論に到達した。それは、これから自分の不幸の大きさを測る時には、スージー自身の物差しで測ってよいということになったのである。

これを読んだ瞬間、311のとき、世の中の「些細なこと」と「些細ではないこと」の区別の問題に直面し、そこで危ないと感じ、悩んだ末に、自分自身の物差しでこの区別を判断して自ら行動したひとりの自主避難者(長谷川克己さん)の話が思い出された。それは原発事故発生における最も核心的な問題に正面から挑み、意義深い決着を付けたものであって、次の話だった。

 3月12日の原発1号機の爆発の時でした。この爆発の映像をくり返し流すTVに、介護施設で勤務中だった長谷川さんが周りの職員に「とうとう、原発が爆発したぞ」と言ったら、相手はこう反応した。
今それどころじゃないですよ。大変なんですから」
「あっちでトイレ、こっちでメシって、大変なんですから。原発が爆発したなんて、かまってられないすよ

長谷川さんはこの言葉を聞き、ハッと思った--この人は「大小の区別がつかない」。あっ、ダメだ、これと足並みをそろえていたら、やられるぞ、危ないぞ、と。

私は、マーク・トウェインの自伝の内容から一歩前に踏み出し、子どもは誰でも、7、8歳で、自身の頭で、大なり小なり程度の差はあったとしても、人間存在のいろいろな謎や悲哀の深く隠された意味を感じ、それを考える素地を有していると確信するものだ。それをミヒャエル・デンデや谷川俊太郎はポエジー=幼な心と呼んだ。私にとって、それは子どもたちが文科省の学校教育システム(それは子どもたちにとって最大の「脳化社会」世界)に浸潤される前の、自然世界の中で持っている、生き物として最も貴い本能的感性のようなものだ。
ただし、現実の子どもたちは、その年頃に、不幸なことに、学校教育のシステムの中にほおり込まれ、調教の日々の中で、すっかり世俗的な「大小の区別」に追いまくられ、スージーのような悩みに向き合うことをすっかり奪われてしまい、ポエジー=幼な心、生き物としての貴い本能的感性にしっかりフタをする習慣を強いられる(それこそ実に最悪の人権侵害である)。

しかし、 マーク・トウェインの長女はそうでなかった。そして、長谷川さんもそうでなかった。ふたりとも、自分なりに、ポエジー=幼な心=生き物としての本能的感性を見失わなかった。
それについて、長谷川さんは9年後の2020年にこう振返っている。

9年後の今から振り返っても、このときの反応が過剰だったと思うことはほぼない。むしろ、あのとき、あそこで「危ない」と思わないのはおかしいと思う。それは知識だとか何とかではなくて、動物的勘の問題だ、と。
あとから知った言葉で予防原則、この当時、自分の中で予防原則が働いたんだと思う。それは、とにかく危ないものには近寄るな。危ないか危なくないか迷った時には、危ない方に寄せて物を考える。
ただし、それは別に特別なことでなくて、普段、仕事でも、普段生きていてもそうしている。予防原則を使っている。
それなのに、なんで、こういう大事故の時にだけ、みんな危くない方に寄っていこうとするのか!?と思った。
その違和感が強烈にあって、当時これが集団心理としてみんなの中で、おっかない形で働いているとすぐ分かったので、それに惑わされないようにしようということで、すごく敏感になった。


それを聞き、今改めて思う。長谷川さんはこのとき、こう言いたかったのではないかと。

何よりも重要なことは、知識だとか何とかではなく、まず、動物的勘。
なぜなら、今、我々にそもそも欠けているのが、放射能に関する正しい知識ではなく、そのような知識を切実に求める「 動物的勘」そのものだと。
動物的勘が正常に働けば、そこから必要な知識を求める行動に出れるが、それが働かなければ、馬の耳に念仏で、いくら正しい知識を提供してその人の眼に入らず、耳に聞こえてこないから。

そして、2020年の振返りのときに、311直後、長谷川さんが自分なりに、ポエジー=幼な心=生き物としての本能的感性動物的勘)を見失わなかった理由を尋ねたら、こう返事が返ってきた。

 子どもがいたからです。もし子どもがいなかったら、ちがっていたと思います。

それを聞き、今改めて思う。
彼にとって一番大切なものは子どもであり、「子どもを守らねば」と考えたとき、子どもと長谷川さんの心がピッタリ繋がった。つまり子どもが本来持っているポエジー=幼な心=生き物としての本能的感性がーーそれは長谷川さんが以前から持っていたものだがーーそれが長谷川さんの心の中で一層熱く燃えあがり、その熱が、その後の彼の行動を導いたのではないか、と。

長谷川さんが5年前に語った動物的勘とそれに突き動かされたその後行動(自主避難)は、原発事故の危険の中に生きる私たち市民にとって、なくてはならない最も大切な感性、ポエジー=幼な心=生き物としての本能的感性であり、国際人権法の冒頭に掲げられる自己決定権を、絵に描いた餅ではなく、原発事故に即して地に足を着けて実行した「生きた自己決定権」の姿だと思う。
言い換えれば、どんなに自己決定権の重要性を強調しようとも、そもそも自己決定権もまた、私たちがポエジー=幼な心=生き物としての本能的感性を保持する限りで初めて実りある決定に導かれるのであり、だから、ひとたびこの感性を喪失してしまったのでは、放射能に関するどんな正しい知識も啓蒙も、ネコに小判、馬の耳に念仏に終わる。

かつて(といっても、子ども脱被ばく裁判の中でここ4,5年のこと)、私は人権の出発点についてこう考えていた
最初に、自己決定権ありき
しかし、それは間違いだった。その前に、もっと重要な前提があること、それに気がつかなかったから。それが
最初に、動物的勘(
ポエジー=幼な心)ありき

マーク・トウェインと長谷川さんのおかげで、今、
動物的勘(ポエジー=幼な心があって初めて自己決定権も実りを結ぶことができると気がついた。

追伸
長谷川さんの動物的勘。英語だと「マイライフ アズ ア ニマル」か。それはこの映画
マイライフ・アズ・ア・ドッグ」を思い出させる。


   

【第44話】ポエジーは「幼な心」につながっているだけではなく、すべての自然世界とつながっている(25・1・13)

いま、重要なのは、詩ではなく、詩情(ポエジー)だ。

そう言ったのは詩人の谷川俊太郎。そして、作家のミヒャエル・エンデ。

1980年の講演で、エンデはこう言った。

すべてのポエジーはその本質において、「擬人観的(人間の眼でものを見る)」、それゆえ
すべてのポエジーは、幼な心につながっている。
ポエジーは人間の内における、永遠に幼なきものだ。

そのことを映像で最も鮮やかに表現したのがタルコフスキー、ラッセ・ハルストレム。ふたりは、第一作「僕の村は戦場だった」「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」から一貫して、彼らの映画に登場する子どもも少年も大人たちも、人間の内における永遠に幼なきもの、ポエジーをくり返し表現した。

私にとって、このポエジー=人間の内における永遠に幼なきものについて鮮やかに語ったもうひとりの人物が「トム・ソーヤーの冒険」の作者マーク・トウェイン。彼は自伝の中で、7歳の長女スージーについてこう書いている。

よその子と同じように、スージーも快活で楽しそうに動き回り、遊ぶのが好きだったが,
‥‥ 時々、かなり長いこと自分自身の中に閉じこもり、人間存在のいろいろな謎や悲哀の深く隠された意味を解明しようと、子どもなりに必死に努力していた。わずか7歳の子どもだというのに、人間の歴史始まってから、大の大人たちを途方に暮れさせてきたのと同じ問題、
つまり‥‥
子ども部屋に一人ぽつんと閉じこもり、こういうことを長い時間をかけて考えに考えたあげく、娘はためらいながら、自身のたどたどしい言葉で、以上のことをあらかじめ母親に話してからこう
尋ねるのであった。
「おかあさん、みんな、何のために生きているのかしら」
‥‥
妻は娘に何度も何度も、「ねえ、スージーちゃん、そんな些細なことでいつまでも泣いたりしないことよ」と言ってなだめるのだった。
こう言われた
スージーはまたも悩むのだった。娘は自分にとって大事件と思われるいろいろなことーーおもちゃがこわれたとか、ひどい雷雨でピクニックが中止になったとか、子ども部屋で馴れ親しみ仲よしになっていたハツカネズミがネコにつかまって食い殺されたしまったこととかに小さな心を痛めていたが、この母親の言葉を聞いて、突然、天啓のような不思議な考えに行き当たったのである。
どうしてかわからないが、今みたいなことは大きな不幸とはいえないらしい。
どうしてでしょう?
不幸の大きさってどうやって測るのかしら?
その物差しは何なのかしら?
大きい不幸と小さい不幸とを区別する方法がきっとあるに違いないわ。
だとすると、その割合を決める規則ってのは?
娘は二、三日真剣にこのことを考えた
ーーが、結局、よく分からなかった
ーー挫折したのである。とうとう諦めて母親のところへ行き、助けを求めた。
「おかあさん、『些細なこと』ってなあに?」

‥‥それは、(母親が)その答えを言葉にしようとすると、意外にも予期しなかった困難に直面してしまい、それが次第にふくらみ、倍加していき、また別の挫折感となり、説明しようといくら努力しても行き詰ってしまうのだった。

‥‥そこで一つの結論に到達した。それは、これから自分の不幸の大きさを測る時には、スージー自身の物差しで測ってよいということになったのである。


そして、このポエジー=幼な心はまた、【第45話】で書いた通り、生き物としての本能的感性動物的勘)と繋がっている。
その
生き物としての本能的感性について、そのリアルな姿を私たちに示してくれた人たちのひとりがファーブル、シートン。

        シートン

       ファーブル


今日、「ファーブル昆虫記」を読み直してみて、或る人の「昆虫を観察したとき、ファーブルはそこで神を見た」という言葉がその通りだと思えてくる。同様に、「シートン動物記」でも、シートンはここに描かれた動物たちを観察したとき、彼もまた神を見たのだ。

そう思ったとき、40年近く前の或る晩の出来事の謎が解けた気がした。その頃、寝る前の息子に「シートン動物記」のどの生き物だったか覚えていないが、なにか危機一髪のところを抜け出した場面を読み聞かせしていたとき、彼がいきなりこちらを向き、分かった!と言わんばかりに目をキラキラ輝かせてハスキーな声でこう言った。
「おとうさん、勇気があるって、こういうことを言うんだね」

六歳かそこらの子どもが、こちらが一度も教えたこともない「勇気」ということについて、大人以上に、正確にその意味を理解したことに、私は人間存在の謎の深く隠された意味を彼が既に了解したように感じて、一瞬、声が出なかった。

今思うに、この時、息子は、シートンが見た神を彼もまた見たのだった。それだけのことで、特別不思議なことではなかった。子ども時代が終わったとき失ってしまった生き物としての本能的感性動物的勘)を思い出せば、息子が私にかけた謎も単純明快に解けるように思えた。

 私たちの目は見えているか

仲よしになっていたハツカネズミがネコにつかまって食い殺されたしまったことを「些細なこと」とは思えず、小さな胸一杯に心を痛めたスージーのポエジー=「幼な心」は、自然世界のポエジーと一直線につながっている。

 

2025年1月8日水曜日

【第43話】動画の報告&スピーチ原稿のリンク貼り→2025年の最高裁前での初スピーチ「最高裁は子どもたちに謝罪すべきだ」(25.1.8)

 【第42話】で、2025年1月7日、最高裁前で昨年11月29日に出た、子ども脱被ばく裁判の最高裁の三行半決定に対する抗議行動を報告。
【第43話】はその続きで、当日のスピーチの動画の報告(動画はです)。
なお、このスピーチ原稿に、過去のアクションの報告をリンクしたものは>こちら

冒頭




 

当日の抗議アクション全部


2025年1月7日火曜日

【第42話】2025年の最高裁前での初スピーチ「最高裁は子どもたちに謝罪すべきだ」(25.1.7)

「一年の計は元旦にあり」で、 本日、最高裁前で初アクション。昨年11月29日に出た、子ども脱被ばく裁判の最高裁の三行半決定(その全文)に対する抗議行動(昨年暮れの解説>こちら)。

 


 


 


 


 


 


 


 


私もこれに間に合わせるために昨日、田舎から上京して参加。
4~5人くらいの参加者かと思ったら、ネットをみた市民が30名も参加。行動をともに出来て、ありがたいことです。

以下、当日の動画(冒頭&私。動画はです)と私のスピーチ原稿。
冒頭





※当日の抗議アクション全部の動画こちら

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2025年1月 7日

最高裁は子どもたちに謝罪すべきだ

 柳原敏夫(子ども脱被ばく裁判の弁護団 

 最高裁判所は、昨年11月29日、子ども脱被ばく裁判の上告の申立に対し、これを退ける決定を出しました(その全文)。

子ども脱被ばく裁判は、福島原発事故当時福島県内で居住していた親子が原告になって、被告の国と福島県に対し、国らが福島原発事故直後に、子どもたちを被ばくから防護するための必要な対策を全く取らなかったばかりか、子どもたちを積極的に被ばくさせる有害な政策すら取ったこと、すなわちSPEEDI等の被ばくに関する情報を隠蔽したこと、子どもたちに安定ヨウ素剤を服用させなかったこと、一般人の被ばく限度として定められている年1mSvの20倍である年20mSvを基準として学校を再開し、そして子どもたちを集団疎開させなかったこと、長崎大学の山下俊一氏を使って根拠のない安全宣伝を繰り返したこと等、これでもかこれでもかと云わんばかりに違法な行為に出たこと、そのため、福島県の親と子どもたちは、自分たちが放射能の被ばくをどの程度まで受け入れ、或いは受け入れないのかについて自分で汚染状況を判断して、自分で行動を決定するという自己決定権を奪われ、その結果、子どもたちは、本来なら避けることができた無用な被ばくを強いられた、それに対する責任を問うために、2014年8月、福島地方裁判所に提訴された訴訟です(提訴の報告>以下。
7.17【速報】第二次裁判の概要決定
8.18外国特派員協会での会見
8.18記者会見(参議院議員会館)
8.29提訴アクション:報告1初めて原告7名(親子)が参加、発言した記者会見と原告のメッセージ
8.29提訴アクション:報告2。子ども脱被ばく裁判の提訴に合わせ全国同時&継続アクション
8.29提訴アクション:報告3。支援者の皆さんの力強い支援行動とスピーチ
8.29提訴アクション:報告4弁護団のスピーチ(裁判所前)&解説(記者会見場)8.29提訴アクション:報告5。「民主主義社会における思想統制」を正しく実行した日本のマスコミ
8.29提訴アクション:報告6「民主主義社会における思想統制」に抵抗する独立系メディア 
8.29提訴アクション:報告7子ども脱被ばく裁判の第二次原告募集のお知らせ
8.29提訴アクション:報告8子ども脱被ばく裁判の訴状本文)。

福島原発事故は日本が過去に経験したことのない未曾有の過酷事故でした。その上、この原発事故当時、被災地の多くの人たちは被ばく問題についてほとんど知識がありませんでした。ベクレルもシーベルトもわからず、被ばくの危険性も分からず、自分たちの生活環境がどの程度汚染されているかの情報もありませんでした。その中で、子どもたちの命、健康を福島原発事故から守るためには、福島原発事故に先行した史上最悪の原発事故、1986年のチェルノブイリ事故の経験から学び、被ばくについての正確な情報、被ばくの危険性についての偏らない知識が不可欠でした。しかし、この本当に必要な、本当に切実な情報は国と福島県によって隠蔽され、誤った安全宣伝が繰り返されたのです。これによって、子どもたちに無用な被ばくをさせてしまったと悔やんでいる多くの人たちがおり、その後、甲状腺がんに罹患した若者を含め、体調不良に悩む人々は少なくありません。このことに対する国や福島県の責任を明らかにしない限り、福島原発事故によって無用な被ばくによって苦しんでいる人たちの救済は永遠に果たされないばかりか、将来の原発事故の際にもまた同じ悲劇が繰り返されることになる、そのような切実な思いで提起された訴訟でした。

提訴の翌年2015年2月、裁判をどのように審理するかを協議する第1回目の進行協議の場は国と福島県の大勢の代理人によりすし詰めとなりました。国と福島県はこの裁判だけは絶対に負けられないと不退転の決意を示したのです。なぜなら、長期低線量被曝、内部被ばくの危険性を正面から問う裁判は、日本全国を見渡してもこの子ども脱被ばく裁判しかなかったからです。国が311以降、長期低線量被曝、内部被ばくの危険性を無視して、これによって健康被害が生じてもうやむやにする政策に出たのにはれっきとした訳があります。一言で言うと、それは原発の再稼働、核兵器の所有という国策の維持のために堅持しなければならない大前提だったからです。しかし、そのために、ふくしまの子どもたちが犠牲にされたのです。大犯罪者としての国のこの露骨な態度を目の当たりにして、私たち弁護団は、改めて、原告こそ負けるわけにはいかないのだと思いを強くしました(その報告>こちら)。

すなわち、この裁判こそ311の福島原発事故後の日本社会をどう建て直すのかという再建の道筋を左右する、最も重要な人権裁判であると同時に、これは最も重要な科学裁判であると。それは次のことを意味しました。

どんなに科学技術が進歩したとはいえ、しかも私たちは放射能を発見してからもう140年も経ったにもかかわらず、小児甲状腺がんひとつとっても明らかなように、放射能による健康影響のカラクリは今なお殆ど分からず、ブラックボックスの状態です。最近、深刻な環境汚染として問題になっているピーファス(PFAS)による健康影響も同様です。要するに、私たちの科学技術は現実世界のごく一面を、表面をなぞっているにすぎないのが現状です。そのような現状のもとで福島原発事故とどう向き合うのか。それについて、過去に過酷な経験をしたチェルノブイリ事故から学ぶしかない、そう言ったのは元松本市長の菅谷昭さんです(菅谷昭「原発事故と甲状腺がん」)。

このような思いと認識を胸に、原告らは10年間、チェルノブイリ事故の教訓とその後の知見に基づき、国と福島県の責任を明らかにしてきました。これに対し、2021年3月1日の福島地裁判決(その報告)、そして2023年12月18日仙台高裁判決は私たちの主張をことごとく退けました。しかし、そこにはきちんとした理由付けが何もありませんでした。そこで、原告らは、最高裁に上告し、昨年3月、私たちがこの10年間取り組んできた主張と証拠を詳細に主張する上告理由書を提出し、最高裁に、高裁判決と上告理由書の一体どちらの理由が正当であるのか、その判断を最高裁に仰ぎましたその報告

ところが、最高裁は、それから1年もしないうちに早々と、昨年11月の決定で、原告らの主張は認められないとだけ述べて、内容には全く踏み込まず、4行と2行の判決文で、文字通り三行半で原告らの申立てを退けました。最高裁はこれまで、重要な人権の裁判については、その結論が市民の主張を退ける時でも、最低限、その退ける理由は自ら具体的な判断を示して来ました。有名な1967年の朝日訴訟最高裁判決。これは原告の朝日茂さんの死亡により訴訟は終了したと原告の訴えを退けましたが、しかし、それに続いて、「念のため」と断って、25頁にもわたって、最高裁の考えを示しました。2022年6月17日の福島原発事故に対する国の責任を否定した最高裁判決すらもその理由を明らかにしました。

なぜか。それは「理由を示す」こと、それが司法が他の立法や行政と根本的にちがうところだからです。なんで今の国家に、立法や行政のほかにわざわざ司法があるのか。それは国が結論を下すときに単に結論を示せば足りるのではなく、必ず「なぜその結論が導けるのか理由を示して、結論の証明をすること」が求められるからです。司法というのは、理由を示してなんぼの世界なんです。その司法が理由を示さなかったらどうなるのか。司法の自殺です。司法自身が人権侵害を放置するゴミ屋敷です。

今申し上げたように、子ども脱被ばく裁判は福島原発事故後の日本社会の再建の道筋を左右する、最も重要な人権裁判です。しかし、このような重要な裁判に対し、最高裁は「理由を示してなんぼの世界」という存在意義を自ら否定して、具体的な判断を一言も示さなかったのです。

これを子どもが聞いたらどう思うでしょうか。子ども脱被ばく裁判の主役は子どもだからです。したがって、最高裁は子どもにも分かる言葉で、自分が下した判決の理由を示す必要がありました。しかし、たった4行や2行の言葉で、原告の子どもたちが数万行を使って求めていた問題に対する応答が出来るでしょうか。できるはずがありません。最高裁は、このことだけでも、子ども脱被ばく裁判の原告の子どもたちに謝るべきです。そればかりか、子ども脱被ばく裁判の原告の子どもたちは福島原発事故で被ばくした全ての子どもたちを代表して提訴した人たちです。だから、最高裁は、自分の三行半の判決に対し、福島原発事故で被ばくした全ての子どもたちに向かって謝るべきです。それをしない限り、みずから司法の自殺行為に出た最高裁は永遠に立ち直れないと思うのです。

そして、これは子どもたちの問題だけではありません。今回の判決によって最高裁は人権侵害のゴミ屋敷の中で自死してしまいました。そのために大変な被害を被ったのは福島原発事故の沢山の被害者ばかりではなく、裁判所を「人権の最後の砦」とみなしてつきあってきた私たちひとりひとりの市民です。

今回の判決が教えることは、私たち市民は私たちの人権がゴミ屋敷の中に打ち捨てられているとき、これを救済する裁判所という大切な砦を失ったということです。ではどうするか。

最高裁の上には裁判所はありません。しかし、最高裁の上には主権者である私たち市民がそびえているのです。だから、市民が、日本社会を人権侵害のゴミ屋敷にして平然としている最高裁に「それはおかしい」という声を上げること、それによって、日本社会は人権侵害のゴミ屋敷社会から復興できるのです。ただし、それは一気には実現できないでしょう。だが、あきらめずに一歩一歩前に進む中で、必ず実現できます。全ては私たち市民の声、市民の手にかかっています。今日はその最初の一歩の呼びかけをさせて頂きました。共に頑張りましょう。

以 上

 

2025年1月6日月曜日

【第41話】2025年のつぶやきラスト:生き直す その2(2025.1.6)

今日、茨城県北から都内経由で自宅に戻った。そこで、感じたことを生き直す(その2)としてメモる。

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生き直す(その2)

2週間ぶりに田舎から都内経由で自宅に戻る。
そのとき、改めて、自分が、上京して以来このかた、都市社会の中でいかにストレスを減らすように無意識のうちにあれこれと工夫してきたかに気づかされた。
その工夫がうまくいったとき、確かに、それによって、少しはストレスが和らぐだろう。

しかし、それは所詮、ストレスの元凶にとってはカエルの面に小便、元凶はびくともしない。だから、都市社会に暮らしている者にとって、都市社会の中で「ゆでガエル」にさせられている過酷な現実に何の変化もない。かすりともしない。
つまり、それらの工夫は精々、「ゆでガエル」がゆであがる速度をちょっとだけ遅らせることができるだけで、抜本的には何一つ改善に向かわない。

つまり、その場しのぎのものでしかない。
表向きはスマートに振舞っているかに見えて、実にみじめな姿。
だったら、そんなみじめったらしい工夫にあくせく心を砕くよりは、
いっそのこと、サッパリと都市社会にアバヨとオサラバして、
脱「都市社会」の生き方を模索、挑戦するほうがずっとポジティブで、健全だ。

そしたら、

それまで娯楽時代劇やヒューマン・ドラマの傑作を撮り続けていた黒澤明は、そこから一転、「どですかでん」(1970年)、自殺未遂を経て、「デルス・ウザーラ」(1975年)という奇妙な映画を撮り始め、そのあと、憑かれたように、「影武者」(1980年)、「」(1985年)を撮った訳が分かった気がした。
黒澤は、高度経済成長を暴走する日本の脳化社会の行く末に、人一倍、恐怖を覚え、そこから
一方で、脱「脳化社会」に生きる人たちの姿を描き(
どですかでんデルス・ウザーラ)、
他方で、「脳化社会」のどん詰まりで狂乱の人たちの姿を描いた(影武者)。

それは、黒澤なりに、 サッパリと脳化社会にアバヨとオサラバして、
脱「脳化社会」の生き方を模索、挑戦しようとしたのだ。
そう思ったら、黒澤の一見無謀に思えた仕事ぶりは、何とポジティブで、健全なのだろう。

【第40話】2025年のつぶやきラスト:生き直す(2025.1.6)

 昨年2月、以下のような文を書いた(そのあと、ブックレットの冒頭になった)。

生き直すーー原発事故後の社会を生き直すーー

しかし、今、もう一度、これを反復する。

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生き直す(その1)

もし60年、70年生きてきて、そこで自分の人生のゴール間近かを、締めくくりを感じているとしたら、それはよほど超早熟な人か、それとも自分が歩んできた人生の振り返りが全く足りない人であるかのどちらかだ。

自分の人生を振り返ってみたとき、私たちが見出すのは、自分がまだ真に渇望する人生を半歩どころか、殆ど歩んでいないという事実である。
そのとき、自分が人生の新米であることを痛感する。

昨年の正月、過去58年間の法律家の人生を振り返る機会を授かり、法律家の新米であると痛感した(>そのコメント)。
今年の正月、一歩前に出て、ものごころついて以来の自分の全人生を振り返る機会を授かり、
人生の新米であると痛感した(>【第26話】以降)。
この鮮烈な僥倖を授けてくれた家族、友人、その他の人たちにただただ感謝の念のみ。

生き直す。
いつでも遅くない。
それを癌の手術をした身で訴え続けているのが今の養老孟司。

【第136話】つぶやき(その12)「悪夢を吉夢に転換させる」という秋山豊寛さんの夢に応答した昨日の最高裁三浦意見という死亡再生診断書(26.9.15)

       本年1月9日の避難者追出し裁判最高裁判決三浦意見 を表明した三浦守判事 昨日、1つの最高裁判決が言渡された。それは311で気仙沼から東京に避難して国内避難民となった避難者の仮設住宅からの立退きを求める裁判の上告審判決。結果は避難者の負け。だが、追出しは違法であると1...