昨年出版したブックレット「わたしたちは見ている」のエッセンスは、
原発事故の救済は政策論争のレベルのことではなく、人権問題のレベルのことだ。
だから、原理的に賛成・反対はあり得ず、誰も反対しない、できない問題だ。
しかし、現実には、この問題は国政に大きな影響をもたらす、という理由で、様々な思惑、政争に絡め取られて、結果的には、救済がボイコットされ、途方もない人権侵害が放置されている。
いま改めて、原発事故の救済を正しく、人権侵害の救済の問題として解決すべきだ。
ところが、これと同じことを既に、12年前の2012年のふくしま集団疎開裁判の二審の官邸前アクション(2012年9月28日)の中で語っていたことを発見(以下の動画)。
本来、人権問題であるのを、政策問題にすり替えて、子どもたちの命、健康が脅かされている。この由々しい事態は断じて許されないと。
本来なら、このエッセンスをその後も我々の根本の主張して、一貫して強調、主張すべきだった(なぜ、それが出来なかったのか。ひとつは人権の認識が弱かった、表面的だった)。
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