2025年2月10日月曜日

【第86話】パンセ:311後の日本社会からAIを評価する「AIは人類の希望の星なのか、それとも絶滅の道具なのか」(25.2.11)


ベランダにやってきた沈思黙考中のカエル
 
今朝、ベランダにやってきた朝飯中のヒヨドリ

AIをボロ糞に言う人がいる。
しかし、AIが無条件にボロ糞なわけではない。でなかったら、ここまでAIが人々に使われるはずがないから。
AIに使用価値があるとしたら、それはコンピュータやインターネットという脳化世界の中で、膨大な情報から必要なものを取り出してくる検索機能にある。原理的にそれ以上でもそれ以下でもない。

世のAI学者は一生懸命、検索機能に学習機能を付け足して、検索機能の精度をあげようとする。確かに精度はあがるかもしれない。けれど、それだけ。所詮、脳化社会の中での精度の向上でしかない。

ひとたび、脳化世界の塀の外の自然世界に出たなら、この自然世界に対しては、そんな検索機能も学習機能もーー全く無力だとは言わないがーー脳化世界の中で発揮するような精度は全く保障されない。そんな論理一辺倒で割り切れるほど、自然世界は単純ではないから(それは福島原発事故の収拾の陣頭指揮に立って亡くなった吉田所長の証言に赤裸々に示されている)。

この訓えを忘れて、脳化世界の中でAIが発揮する成果がそのままその塀の外の自然界でも通用すると思い込むとき、それが「安全神話に眠り込む」ということだ。それが破綻したことは2011年3月11日の福島原発事故の発生で証明された。

にもかかわらず、そのあとすぐに、この安全神話が復活した。今度は原発事故の健康への影響をめぐって健康被害のデータがないからという恐ろしく貧しい理由で。 脳化世界で重宝されるデータが脳化世界の塀の中でひとつの約束事としてそれなりに通用するのを一概に否定はしない。けれど、それが脳化世界の塀の外の自然世界にそのまま通用するほど、自然世界は単純ではない。

しかし、脳化世界に生きる人たちは、絶えず、この「安全神話に眠り込む」ようにコントロールされている。この刷り込み(マインドコントール)は、これまでやられてきた宗教(オウム真理教、統一教会など)や政治(ヒットラー、スターリンなど)のどんなマインドコントロールよりもずっと精巧で、陰湿で、強力だ。だから、人々はいとも簡単に、自分が住んでいる脳化世界がこの世の世界だと信じ込んでしまう。しかし、これは地球誕生以来、厳然と存在し続けてきた自然世界をじわじわと浸潤してきた人工世界のことなのだ。

この脳化世界と自然世界の厳然たるちがいを忘れて、 人がAIやデータに依存し、これらに支配された脳化世界に安住し続けるとき、そのとき、養老孟司が警鐘を鳴らしたように、「AI支配でヒトは死ぬ」。

それは誇張でもハッタリでも何でもない。

311を経験し、原発事故の救済を何一つ出来ないでいる私たちはいま、脳化世界の成れの果てに立っている。

           

【第86話】2025年の気づき5:「市民立法」のエッセンスを司法で実現していたのが2012年の「世界市民法廷」(25.2.10)

 以下は、2012年のふくしま集団疎開裁判の「世界市民法廷」その可能性の中心を探る試み。

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「市民立法」のエッセンスは「市民の自己統治」。自分たちの暮らしは自分たちで考え、他人に決定されるのではなく、自分自身で決定する(自己決定)。

それは現代の代表民主制、分業社会では容易なことではない。しかし、社会の大変動のとき、カタストロフィー(大災害)のとき、代表民主制・分業社会の機能不全が露わになったら、「生きる」ことを放棄しない限り、その時には「市民の自己統治」に戻るしかない。
その「市民の自己統治」を立法(法律を作る)場面で実行するのが「市民立法」。
これを、政府が機能不全に陥っている原発事故の救済で具体化しようとしてするのが市民立法「チェルノブイリ法日本版」の運動。

だったら、「市民の自己統治」を司法(法律を適用する)場面で実行するのは「市民法廷」。
だったら、2012年2月・3月に東京と郡山でやった「世界市民法廷」は、裁判所が機能不全に陥っている原発事故の救済で「市民の自己統治」を具体化したものだ。

つまり2012年に、私たちは、「市民立法」の司法版を知らないうちに実行していた。

道理で、「世界市民法廷」を開催したあと、今まで経験したことのないほどの充実感、ものすごい手ごたえを感じた。その手ごたえは、市民がみずから自己統治を実行していたからなんだと今、気 がついた。

だとしたら、市民立法の新しいビジョンも先行した「(世界)市民法廷」から与えられる気がした。それが、市民が自分たちで法律を制定するプロセスを「(世界)市民法廷」のように、演劇のカタチで市民の前に発表するというもの。そして、その市民立法の演劇を観た市民が、一種の陪審員(主権者)として、私たちが発表した市民立法に是か非かの評決を下す(もちろん理由も述べて)。
採決は「世界市民法廷」の評決のように公表され、公表された一覧表を世界中の市民が眺めて、そこで理解を深め、自らも評決を投じる。

こうした方式は「世界市民法廷」でやってきたことだが(>こちら)、これがひとつひとつ「市民の自己統治」を具体化するものであるなら、これらは「市民立法」にも応用できるのではないか。その気づきの前に戦慄が……(続く) 

【第85話】2025年の振り返り:子ども脱被ばく裁判その可能性の中心番外編その4「311直後から真理をズカッと語ってきた山本太郎の永久保存版の言葉」(25.2.10)

ノーム・チョムスキー

2003年世界社会フォーラム(Wikipediaから)

山本太郎

   2011年10月15日疎開裁判郡山デモ


311直後、日本の知識人が沈黙する中、外からズカッと真理を語ったのが米国のアクティヴィスト、言語学者のノーム・チョムスキー。彼はふくしま集団疎開裁判の世界市民法廷(>映像ドキュメント世界市民法廷への道(1) 同(2))に向けて、次のように語った。

社会が道徳的に健全であるかどうかをはかる基準として、社会の最も弱い立場の人たちのことを社会がどう取り扱うかという基準に勝るものはなく、許し難い行為の犠牲者となっている子どもたち以上に傷つきやすい存在、大切な存在はありません。日本にとって、そして世界中の私たち全員にとって、この裁判は失敗が許されないテスト(試練)なのです。」(2012年1月12日>原文

311直後、日本の知識人が沈黙する中、外からズカッと真理を語ったもうひとりのアクティヴィスト。俳優の山本太郎。彼はふくしま集団疎開裁判の仙台高裁決定直後の新宿デモで、次のように語った。

原発が嫌だということは被ばくが嫌だからですよね。
放射性物質と人間の体は合い入れないものだ、だからこそ嫌なんだってことなんですもんね。
脱原発だけ言って被ばくを言わない政治が、一体何なんだってことなんですよ。
子ども被災者支援法、形だけ作ったけどその後どうなってんだってねぇ。
これに予算つけるまでは補正予算なんかにOK出さないよって、なんでそういう駆け引きしないんですかね。
(2013年5月18日新宿デモ>彼のスピーチ

野党(国民民主党)が「年収103万円の壁」、引き上げなければ補正予算にOK出さないよ、と駆け引きして引き上げさせたのはつい最近の話。つまり、やる気があればいくらでもやれるってことを鮮やかに証明して見せた。その真実を11年前にとっくに指摘したのが山本太郎。 

そして、彼の上記発言は同時に、これを聴く我々市民に対して単刀直入の次の問いかけでもある。

脱原発だけ言って被ばくを言わない市民、一体何なんだってことなんですよ。



2025年2月8日土曜日

【第84話】2025年の振り返り:子ども脱被ばく裁判その可能性の中心番外編その3「山本太郎との掛け合いの中で決意を新たにした永久保存版の言葉」(25.2.9)

        2011年12月14日疎開裁判一審決定後の記者会見(山本太郎さんからの呼びかけ)

2月、14年間のふくしま集団疎開裁判と子ども脱被ばく裁判の振り返りをしていて、次の結論に達したと【第79話】のラストに書いた。

結論
とはいえ、子ども脱被ばく裁判が掲げた目標は、裁判を起こし、審理するだけでは実現されません。そのためには、真実の力と正義の力だけでは足りず、さらに市民の力つまり、この裁判の意義を共有する市民の巨大なネットワークが必要です。なぜなら、この裁判は、福島原発事故後の日本社会をどう建て直すのかという再建の道筋を左右する、最も重要な人権裁判だからです。だから、それはこの裁判が最高裁で幕引きされたあとも続きます。福島原発事故の救済はなにひとつ果たされておらず、深刻な陥没状態のまま、完全な未解決状態にあるからです。従って、この課題は、この裁判が明らかにした真実と正義の力を活用しながら、原発事故の完全救済をめざす市民の巨大なネットワークの形成と取り組む市民運動の中で実現される。


しかし、弁護団の井戸謙一さんは、疎開裁判の申立のときに既にこの真理「市民の連合の力こそ最強」を表明していたことを
第81話】に書いた。


他方、私も、
疎開裁判の一審決定が野田首相の冷温停止宣言と同日ほぼ同時刻に出された2011年12月14日の記者会見の場で、東京から駆けつけた山本太郎さんから「一審決定に対する逆転」の呼びかけに応える中で、この真理「市民の連合の力こそ最強」を表明していたことを思い出し、それが翌年からの世界同時発信の世界市民法廷(>呼びかけ)として、そして翌夏からの官邸前、国会前、文科省前、財務省坂上でのアクション(>呼びかけ)として具体化されたこと、それは今、生成途上の現在進行形の取組みであること、そしてこれが私たちの行動の原点であることを今、再び胸に刻む。

山本太郎さんのコメント


太郎さんからの「一審決定に対する逆転」という呼びかけに応えた私のコメント



2025年2月7日金曜日

【第83話】2025年つぶやき7:子ども脱被ばく裁判の最高裁棄却決定から日本版を再発見する(25.2.7)

                                       今日、ベランダにやって来たヒヨドリ

昨年11月29日、大阪高槻市でやったチェルノブイリ法日本版の学習会(>報告)。そのレジメの表題は
脱「脳化社会=セルフネグレクト社会」から日本版を再発見する(>レジメ

ちょうど同じ頃、子ども脱被ばく裁判の上告審で、最高裁は棄却する決定を出した(>報告)。
それを受けて、311から14年続けられた2つの脱被ばく裁判を振り返り、
子ども脱被ばく裁判の最高裁棄却決定から日本版を再発見する
を引き出す必要があると考えた。
それをやったのが以下である。

2025年の振り返り:子ども脱被ばく裁判その可能性の中心その1「未来について語る」(25.2.5) 

同上その2「外圧の力 

同上その3「狐につままれた二審決定

同上その4 「最高裁判決は理由をボイコット

同上その5 「法治国家の滅亡

同上その6 「子ども脱被ばく裁判が日本を変えた

同上番外編園良太さんが私を変え、新人類の仲間入りをさせてくれた

同上番外編2疎開裁判の申立の時、永久保存版の言葉を語っていた井戸謙一さん

2025年2月6日木曜日

【第82話】2025年つぶやき6:私は希望を恐れない。 だが、(25.2.6)

私は希望を恐れない。

だが、虚偽を恐れる。

最も恐れるのは、

虚偽の上に希望を託すこと。

放射能災害のあと、虚偽の上に希望を再建すること。

それが虚偽まみれのソ連を崩壊に導いた。

右ならえで、同じ道を同じ事故を起こしたこの国も歩んでいる。

だから、放射能災害のあと、最も必要なのは

勇気

虚偽を恐れる勇気。


            クマタカ  野鳥の素顔 <野鳥と日々の出来事>

【第81話】2025年の振り返り:子ども脱被ばく裁判その可能性の中心番外編その2「疎開裁判の申立の時、永久保存版の言葉を語っていた井戸謙一さん」(25.2.6)

    私の大学:足立区の都営団地と生活保護不正受給事件の法廷前の廊下(1972年)

            
ここ数日、14年間のふくしま集団疎開裁判と子ども脱被ばく裁判の振り返りをしていて、次の結論に達したと【第79話】のラストに書いた。

結論
とはいえ、子ども脱被ばく裁判が掲げた目標は、裁判を起こし、審理するだけでは実現されません。そのためには、真実の力と正義の力だけでは足りず、さらに市民の力つまり、この裁判の意義を共有する市民の巨大なネットワークが必要です。なぜなら、この裁判は、福島原発事故後の日本社会をどう建て直すのかという再建の道筋を左右する、最も重要な人権裁判だからです。だから、それはこの裁判が最高裁で幕引きされたあとも続きます。福島原発事故の救済はなにひとつ果たされておらず、深刻な陥没状態のまま、完全な未解決状態にあるからです。従って、この課題は、この裁判が明らかにした真実と正義の力を活用しながら、原発事故の完全救済をめざす市民の巨大なネットワークの形成と取り組む市民運動の中で実現される。

つまり、ふくしま集団疎開裁判から14年目に、この結論を確認した。

‥‥と思って、この裁判関係の情報をネットで辿っていると、落合恵子さんのブログに、ふくしま集団疎開裁判の申立てをした2011年6月24日。

その時、債権者代理人のひとり井戸謙一さんの喋った次の発言が紹介されていた。 

裁判所としては,何らかの救済が必要だと思っても,救済を求めているのが一部の親に過ぎず,それによって,救済を求めていない多くの子や 親に重大な影響を生じうるような決定を出すのは,出しにくいと思います。
すなわち,債権者になっているのは少数の親に過ぎないが,
これを支持するサイレントマジョリティがいることを示さなければ,
裁判所は積極的な決定は出せないと思うのです。
裁判所が最もナーバスになるのは市民の連合の力です。
そこで、当日、少しでも多くの方が、郡山支部の裁判所に集まっていただくようお願い申し上げます
」。(落合恵子
Journal of Silent Spring

最強の力は「市民の連合の力」であると。
まさにその通り、何という的確な言葉だろう。
彼は、私がそれから14年目に辿り着いたのと同じ結論を既にこの時発信していた。 

そして、この真理の言葉は裁判だけに限らない。市民立法をはじめとしてすべての社会運動に当てはまる。

その上で、本当の課題はこれをどう実行するかにかかっている。

かつてカミュが「犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、証言することへの執念のほか、この世に何があるだろうかと言ったように、今、自分たちの目の前には次がある。

犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、市民の連合の力を実現することへの執念のほか、この世に何があるだろうか

 

 

【第136話】つぶやき(その12)「悪夢を吉夢に転換させる」という秋山豊寛さんの夢に応答した昨日の最高裁三浦意見という死亡再生診断書(26.9.15)

       本年1月9日の避難者追出し裁判最高裁判決三浦意見 を表明した三浦守判事 昨日、1つの最高裁判決が言渡された。それは311で気仙沼から東京に避難して国内避難民となった避難者の仮設住宅からの立退きを求める裁判の上告審判決。結果は避難者の負け。だが、追出しは違法であると1...