2001年、 谷川俊太郎司会のパネルディスカッション「声の力」の最後で、声楽家の池田直樹がこう言った。
1980年にミュンヘンで世界的なバス歌手のハンス・ホッターのもとで勉強したとき、彼のレッスンで、とにかく四小節も歌わせてくれない。ワーグナーの「なんとニワトコの花の香りが甘く漂っていることか」というアリアを私が歌っていたときです。自分がちょっと歌うと、怒り出す。何がいけないの、どこが?ちゃんと譜面どおり歌ってるじゃない、と思うのに、もう1回、もう1回と言うばかりで、何がいけないのかちっとも教えてくれない。
ほとほと困っていたら、彼が歌って聴かせてくれた、そのとき、感動したんです、それは彼が歌ったのを聴いて感動したんじゃなくて、彼が歌う前に息を吸ったのを見て感動したんです。
彼が歌う前のその瞬間、本当に彼がニワトコの花の香りを嗅いだように見えたんです。でも、彼はそれをそうとは説明してくれなかった。
歌う前に白い息を吸わない。つまり、怒る歌を歌うときには、必ずその前に怒る息が入って歌う。笑うときには笑う息が入って歌いだす。悲しいときには悲しい息が入って、その悲しい歌が始まる。
白い息を吸って、声が出た瞬間から表情が始まるのではないというのを知ったのは、彼のそのレッスンのときです。それはもうほんとに衝撃的でした。(「声の力」153頁)
言われてみれば、まったくその通りで、
マリア・カラスの動画からも、そのことははっきり分かる。
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しかし、言われてみて初めてストーンと落ちることがあるとは、
このようなことを言う。
「声の力」はけっして声ではなく、息を吸うことから始まって全身全霊に宿る。
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