谷川俊太郎は、あちこちで、作品(詩)のあり方が、
昔の詩は「ストック」で、蓄積されていたのに対し、
今のネット上の詩は「フロー」で、どんどん流れていき、忘れ去られていく、
と語っている(和合亮一との対談「にほんごの話」143頁)。
けれど、昔の作品だったら、みんな 「ストック」で、蓄積されていた訳でもない。実際は多くの作品が「フロー」で、どんどん流れていき、忘れ去られていく。
結局、 今の作品でも、「ストック」されるか「フロー」で消えていくかは、その作品を人々がどれだけくり返し反復するかどうかにかかっている。
現在のネット社会が、すべての情報を「フロー」として受け流している巨大「フロー」社会だとしても、その濁流にもかかわらず、人々が反復したいと思うような、そのような反復に耐えるだけの力を備えた作品であるかどうかにかかっている。
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